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LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

自宅待機期間の応援企画と思われますが、先日、一連のコンテンツの原作となるオンラインゲーム「刀剣乱舞」の版元であるdmmの動画サイトで、
 ・ミュージカル「刀剣乱舞」一挙無料上映
 ・舞台「刀剣乱舞」一挙無料上映
が相次いで行われました。艦コレ勢など今まで未見だった方々がずぶずぶと沼にはまっていくのを見て、わたしも参加したわけですが、1舞台につき3~4時間の長丁場であるためどうしても家事などで中断せざるを得ず、そうなるとあまり作品世界に没入することもかなわず、最初はやっぱり

「イケメンが多数コスプレして舞い踊るコンテンツ」

 という以上の感想は持てずにいました。
もちろんミュージカルなので、あ、この方の歌、この方の演技、素晴らしいなと思う瞬間はいくつもあって、トリックスター鶴丸国永や源氏兄弟に惚れ込んだのはこのミュージカル「刀剣乱舞」のおかげなのですが、まだ沼とまではいかず、2.5次元は自分には合わないのかもと思っていたわけです。
それを思い切りひっくり返したのが舞台「刀剣乱舞」。以下、なるべくネタバレしないようにと思いつつ、ネタバレあるかもしれない感想文。ネタバレとかより長いのが問題か。

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日一日とCOVID-19による死者数が増加し、こんな田舎でも馴染みのショッピングモールも近くの塾も休業の看板を出し、コンビニではカウンターの上にビニールのパーテーションが垂れ下がり……という状況で、ごく当たり前のように書留や小荷物を届けてくださる配達員の方々、スーパーやコンビニの従業員の方々にはほんとうに頭が下がります。つい先年にはちょっとした災害にも遭遇しましたが、壊れた堤防を直し、道路を復旧させ、治安維持に務め、病人をケアし……と、実に無数の方々の働きの上にわたしたちの暮らしはなりたっているのだなと強く実感しました。その思いを今、新たにしているところです。
同時に、わたし自身も社会インフラの一翼である流通業界にアルバイトとして身を置いていた時には、
「こんなにたいへんな職場だとは知らなかった!」と驚いたり悲鳴をあげたり、そんななかでも淡々と最善を尽くし働き続ける同僚に尊敬の念を抱いたりしていたものだなと思いだしたり。

そのような、普段はほとんど意識することのない、しかし実は重要な職につく人々に感謝しようと、主に絵を描く方々の間で
#GratefulForTheHeros絵
#GratefulForTheHeroes絵
というハッシュタグをつけ、描いた絵をTwitterにアップするという運動が起こっています。そしてこれに対し、ある医療従事者の方が悲痛な抗議の声をあげられていました。ヒーローと祭り上げながら、その実、過酷な仕事を、そして恐ろしい病気への感染リスクを、甘んじて引き受けるよう医療従事者に圧力をかけているだけではないかと。

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Twitter界隈では<ツイフェミ>という言葉があって、様々なメディア・表現上の問題についてTwitter上で発言するフェミニスト、という程度の定義でよく使われています。わたし自身は、昨年末の宇崎ちゃん献血ポスターに登場問題では「宇崎ちゃんかわいいよ何の問題があるの派」だし、とはいえ沼津みかんにラブライブ問題では「スカートにあんなしわ寄らないようどれだけ苦労してると思ってるんだふざけんな派」で、必ずしも賛同することばかりではないのだけれど気持ちは女としてわからなくもない部分もあり、関心は常に持っているほうだと思います。

また、だからといってすぐ「運動」に盛り上げて表現規制の機運に持ち込もうとする動きには危機感を持ってしまうので、常に警戒し、巻き込まれないようにしなければならないとも思っています。

しばしばツイフェミに見られる怒りに任せた暴言にはまったく共感が持てず、それ自体忌避したい対象と感じていますが、一特撮ファンとしても、決して対岸の火事と安心できない相手だからです。海外では特撮ヒーローは暴力表現という意味で問題視されることが多く、そうでなくても「紅一点論」を始めとして、特撮を女性差別的なものとして扱おうとする視点はまだまだ存在しています。
実際には多くの女児からも支持され、制作側も意図的に魅力的かつ多様な女性像を登場させている作品群である、にもかかわらず。ちゃんと観てない人、上っ面だけなでたような人が特撮ヒーローを争いの具にしようとするのはファンとしてはほんとうにしんどいし、そういう意味でもいわゆるツイフェミからは距離をおかなければと思うのです。

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Photo by Derek Oyen on Unsplash

……とだらだら前置きをしていますが、この日記はフェミニズムに関するものではありません。ただ、今Twitter上で話題になっている高輪ゲートウェイ駅のAI駅員が、ゼロワン視聴者として気になった、というだけのお話。

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お好きな方からすると何を今頃言っているのかと言われそうですがはまったのが最近だから仕方ない。
ラノベ、ライトノベルのジャンルに「悪役令嬢もの」というものがあり、それをコミカライズしたものを今、読みまくっています。
ジャンル名がついているのは共通するパターンがあるからで、
・元は現代日本に生きていた女性が死後、
・生前プレイしていた乙女ゲームの世界に転生するも
・ヒロインではなく悪役令嬢のポジションであった
……という導入で始まります(もちろん様々なアレンジやパロディ的なものも多いので一概には言えませんが)。

乙女ゲームというのは実はプレイしたことがないのですが、なんとなく「サクラ大戦」の男女逆のものというイメージです。魅力的な登場人物が複数出てきて、プレイヤーはヒロインとしてその中の1人を選んで攻略し、様々なイベント(2人の仲を方向づけるできごと)をこなし、ストーリーを進めつつ恋愛成就までもっていく。実際にはファンタジーもあれば学園もの、歴史ものもあるはずなのですが、この「悪役令嬢もの」に出てくる乙女ゲームはなぜか、数百年前の欧州っぽい貴族社会を舞台にしたものばかりで、主人公が転生するのも貴族(それも家格が高い)令嬢が多い。
ヒロインのライバルですから性格・素行はあまりよろしくないことが多く、その行く末はバッドエンド(処刑・平民落ち・修道院送り等々)と決まっているものの、概ね優れた美貌や才能・品格の持ち主であり、若い頃から責任ある立場にふさわしい高い教育を受けています。この悪役令嬢が、ある時点までゲームシナリオ通りの行動を取りつつ、突如
・「わたしはこの先のストーリーを知っている!」と天啓を受け、
・待ち受けるバッドエンディングを避けるべく悪戦苦闘する
 (天啓を幼少時に受けた場合はこのパターンが多い)、
・もしくはバッドエンドによるダメージを最小限に抑えつつ第二の人生に挑む
 (ほぼバッドエンドに入ってから天啓を受けるパターンもある)
わけですから、それは面白いに決まってる。特撮で言うならメレ様や風のシズカ、エスケイプのように気位が高く美しい女性が愛のため民のため一途に生きる(そして結果的に皆から愛される)みたいなお話で、その高いスペックが痛快でもあります。「俺TUEEE」ならぬ「わたしTUEEE」というべきか。前世の記憶を用いる点はチートですが、とはいえゲームの登場人物にとっては絶対の運命に等しいシナリオに挑むのですから、困難を乗り越えていく主人公、という物語の王道もきちんと踏まえているのです。

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愛知の例の芸術展をめぐるあれこれについては、もちろん
「芸術とは何か」とか
「自由とは何か」とか
「公金の運用にあるべきルールとは」とか
「公の場を政治的活動に用いる不快さ」とか
「危機におけるコミュニケーション」とか
いろいろな論点がありますが、わたしという一個人が最初に感じたのは
「あれが芸術なの?」ということで、流石に話題になって暫く経つと、美術界からその点についてコメントする人も出てきました。

「それ」について命かけてる人たちがいて、金を惜しまない愛好者たちもいて、と同時に、長年研究してきている人たちも多く、なかには権威と言われる人もいて、初心者の疑問にも応えてくれる。そういう世界をうらやましいな……と思う所以です。特撮ヒーローについては、研究者や評論家がいないなと。
いや、いないというのは違いますね。最新の特撮技術であったり、特撮作品独特の映像の美しさや監督ごとの作家性を解説する方・評論する方はもちろんいらっしゃいます。ただ、ファンとして
「これはどうなの?」みたいなことに、応えてもらえないことは時々あって、しつこいけれどもその一つが今夏に起こった、Gロッソセクハラ事件です。

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