LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

暇なので柄にもなく時事ネタ。

Japanese newspaper admits infamous sex column was untrue

小学校1年くらいまで、わたしがよく妄想していたのは、
「自分の人生における体験はすべて夢、それも誰かが脳に働きかけて見せている夢なのではないか」というものでした。幼い子どもにとっては夢と現実の境界が曖昧なので、似たようなことを考える子は結構いるのではと思います。

子どもの頃から本好きで、何でも手当たり次第、年齢にあわない大人の本まで読んでいたので、それも影響していたのかもしれません。
昔気質の親にはよく、心配され説教もされました。
「活字」という現実から遊離した世界にはまり込んで早熟なものいいをするところが気持ちわるいとか、家事の手伝いをしない、友達と遊ばないなど社会に適応できなくなるのではとか、当時社会を驚かした犯罪者たちのように変な思想に影響されるのではないかとか--本を読まない人にはそんなふうに思われていたようです。

今でこそ読書する子どもを育てようなんていいますが、昔は「読書」なんて実生活には何の役にも立たない絵空事の娯楽としか思われていなかったのでは。
少なくとも読書好きが書き読書好きが読む昔の「純文学」の類には、教養に欠ける代わり地に足のついた生活者から、高等遊民たちが蔑視を受けるエピソードが、よく出てきたような…

バーチャル対リアル、という構図は、極端に言えば人間が抽象思考を始めた時から始まっているわけで、今はネットが批判されていますがたとえば普通の人間が犯罪の具体的な手法を学ぶのはテレビや新聞などの報道によるものですし(だからこそ大事件が起こった直後に模倣追随する人が現れる)、ちょっと前は漫画やゲームが、その前は小説が、ネット同様
「実生活に役立たないのに、若い人にろくでもない影響を与える」と非難される位置にあったわけです。
メディアの機能や性質、一般への浸透度は革命的に変わってしまいましたが、ただこの構図だけは今に始まったことではなく、そしてまた、「バーチャル」に見える世界の向こうに、やはり生きている人間がいるということも、ずっと変わりのないことで…

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