LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

「MOON WALKER」上映が昨日20日終了だったので、それ見たさに今週は映画館にずっとだらだら通っていまして、そうして外出すると近所の本屋さんにない本を買って帰ってしまうわけで、それが今回はあたり続きでうれしいです。
昨晩のNHK特集のスムクリはずいぶん画面が明るいのですが何か調整したのでしょうか。

世間の「十年祭」や「俺たち参上!」の話題には完璧に遅れてしまってすみません。
浮気した上に本読んでます。

これはあまり期待しないで買ったのですが、いや、面白くて一気読み。いまどき上下巻と見た目コワモテですが、実は肩の凝らないチャーミングな読み物でした。
パズラーというよりはスリラーです(犯人を示すヒントはフェアというのかたっぷりで、さほどの意外性はありません)。続刊もあるとのことで、待ち遠しい。

エルサレムから来た悪魔 上・下(創元推理文庫)
アリアナ・フランクリン著 吉澤康子訳
エルサレムから来た悪魔 上 (創元推理文庫)エルサレムから来た悪魔 上 (創元推理文庫)
(2009/09/30)
アリアナ・フランクリン

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エルサレムから来た悪魔 下 (創元推理文庫)エルサレムから来た悪魔 下 (創元推理文庫)
(2009/09/30)
アリアナ・フランクリン

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舞台は12世紀のイギリス、ケンブリッジ。
田舎町で子どもの惨殺死体が発見され、町に住まう異教徒=ユダヤ人の仕業とみなした人々は元々の軋轢もあり、激しい暴動を引き起こします。
事態を憂慮した州長官は全ユダヤ人を王の領地内に一時避難させ町から隔離しますが、事件は連続殺人の様相を呈し…
事件が解決しなければ殺気立った町の人々の心はいつまでも治まらず、ユダヤ人たちはいつまで経っても町に戻れず、また彼らの経済活動の停滞(暴動のついでに金融業を営む彼らの財産でもある、証文の類も焼き払われてしまいます)は時のイギリス王・ヘンリー2世にとっても税収の激減という面白からざる事態につながっています。
何といっても子どもを手にかける恐るべき悪魔をそのままにしておけないという正義の心は誰の胸にもあり。

ということでタイトルの「悪魔」とは犯人のことなんですが、「エルサレムから来た」とついているので宗教がからんできそうな気がしてしまいますよね。
このタイトルと表紙絵があまりよくないのでは…と要らない心配をしてしまいます。
上下巻分冊という分量もあって、中世宗教界を舞台に重厚で複雑なストーリーが展開されるという印象を与えるのではないでしょうか。翻訳もの時代ものに抵抗のある人には敬遠されそうな。
そして重厚かつストイックなミステリを好む方には後で失望されそうな(どっちが劣っているという話ではないのですが同じ作家で同じシリーズでも「羊たちの沈黙」みたいなの期待して「ハンニバル」を読むと調子くるっちゃいますよね)。

しかし物語に登場するのは誰もかれも、野卑で生き生きと生命力にあふれ、骨太なところが魅力的な人々なのです。描写がなんとなく下半身方面にいきがちなところは、読んでいて「デカメロン」を思い出しました。
事件の惨さはこの本を買ったことを後悔するほどでしたが、それでも全体のトーンはなぜかユーモラス。
後半、ヒロインの恋はハーレクイン並みにドラマチックで、そして犯人と対決するヒロインの活劇は手に汗握る恐ろしいもの…のはずなんですが、やっぱりどちらもなんとなく下半身方面に向きがちな描写がユーモラス。

下半身下半身連発して済みません。それが色っぽい方でなく、笑いに向かっているのが本書の特徴です。

物語は、カンタベリーの復活祭からケンブリッジへ戻る、巡礼者たちの旅の描写から始まります。
主要な登場人物を一通り皮肉と諧謔味たっぷりで紹介するその書きっぷり、そして唐突に出てくる、

「だがそのうちの一人、ほかの連中と同じように得意満面の一人は、連続子ども殺しの犯人である」

という一文がにくい。
思わず惹きつけられ、読み進めていくと、物語の探偵役を務めるチームも、その正体を隠し一行に紛れていることがわかってきます。
さらには旅の途中、彼らが野営しているところで、既に事件に関わるある行為が行われており…この冒頭部の見事さ。

探偵役はチームだと書きました。
このチームがまた、チャーミングなんですね。
実直な中年男としての見た目と、コスモポリタンにして有能な密偵という名声を両立させる、温厚な愛妻家・ナポリのシモン。
知性と細やかな気配りを有し、長身、強面、腰に剣を飾るエキゾチックな風体も頼もしい召使にしてセキュリティ担当・マンスール。
そしてヒロイン・アデリア。知性と科学の発展に重きを置く医学の街・サレルノに生まれ育ち、両親も共に医者。医科大学で病理学を学び、卒業後は非公式ながら、検死医としてキャリアを積んできました。その能力を今、シモンの相棒として本件解決に生かすようシチリア王より求められています。

ユダヤ人のシモン、サラセン人のマンスール、そして若い女性のアデリア。
彼らは全員、優れて先進的な本国シチリアにおいては正当にその能力を評価されるのですが、それでも弱者として虐げられるべき要素を抱えて生きており、それを自覚してもきました。
そして向かうべきイギリスはシチリアなど及びもつかない、さらに強固な偏見に満ち満ちており--。

そんな状況でたがいに庇いあい、思いやりを見せつつ、たがいの能力に尊敬を抱き、使命全うのため命をかける…この3人がほんとうに魅力的なのです。
物語が進むうちに、一人、また一人とこのチームに新たに加わっていく、ケンブリッジの協力者たちもまた。

作者はこの探偵チームの悪戦苦闘ぶり(シモンとマンスールは捜査よりアデリアの無鉄砲さを抑える方に苦労しています)を描きつつ、先進国シチリアから来た異邦人たちの目に映る中世イギリスの風習や風物の面白さに紙数をさいています。

「わたしのまわりは野蛮人ばかりだわ、シモン」

というアデリアの独白にもある通り、当時のイギリスは控え目にいってかなり“遅れている”わけで、わたしたち現代人も、アデリアらに同化することで物語の舞台をより理解することになるわけです。
アデリアは中世イギリス人の暗愚が捜査や医療行為の足を引っ張る時には怒りを覚えますが、そればかりではなく、彼らの粗野な風習の中にもちゃんと美点を見出しています。

犯人の罪を暴いた後の一捻りは、いかにも中世っぽい展開でした。

余談ながら、歴史もの、そしてその舞台における意外な存在=高度に知的な職に就く若い女性主人公、ということで真っ先に思い出したのがピーター・トレメインのフィデルマシリーズでした。
ただ、王家で生まれ育った淑徳高き麗しのフィデルマに比べると、アデリアはさらに現代的。
医学に一生を捧げる=結婚する必要はないと早々に決めつけており、そのためかキンジー・ミルホーン並みに見た目を取り繕いませんし、ものの言い方はぶっきらぼうで常に単刀直入。
医者といっても検死が本業(回想シーンでは死体農場まで登場します!)であるせいか患者に対してさえその不安を拭い去ってやろうというような甘い態度は見せません。

また、アデリアの場合はフィデルマのように身元を明かして捜査を権威づけすることもできません。
女性が医学を修める、イコール魔女とされかねない時代であり、彼女自身は異教徒よりさらに理解できない存在とされかねない無神論者であり、そして王の威光よりも宗教が優先される社会において、彼らを派遣したシチリア王の名を口にすることは無意味。

ということで既存の作品になぞらえるならコーンウェルの「検屍官」シリーズのほうが近いかもと思います。
犯人の残した署名(ここでは“五”芒星を象った編み物が死体に飾られている)とか、無鉄砲な女医と彼女の無鉄砲さを牽制しながらフォローする心やさしい捜査官とのやりとりとか、仕事に生きると肩肘張りつつ結構恋愛に積極的なヒロインの人物造形とか、犯人との暴力混じりの対決とか…でもそういうのを殺伐とさせず、下半身によりがちとはいえユーモアで包むのがイギリス風なのかなあ。
わたしなら、ああいうことは肋骨治ってからにしたいですが、タフですよね。

ユダヤの星に準えるならもちろん“六”芒星にすべき。作中でもそう説明されていますが、犯人はあまり細かいところは気にしない性格だった模様。
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