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LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

それにしてもココアの美味しい季節になりましたね。
風邪のせいかさっきまでものすごくテンションが低かったのですが(もともと低いのでわたしが低いといえばそれは腑抜けレベル)、冬に美味しい暖かいものを飲むというのは格別です。
手元に素敵なミステリがあれば申し分ない。

ということで今さっき読み終えたのなら話が美しいのですが、例によって一昨日の晩、お風呂で読みました。
セイヤーズのウィムジー卿シリーズはもちろん出ている限り読んでいるつもりなのですが、これはノンシリーズ。
本の内容とは全然関係なく、わたしが勝手に色々シンクロニシティを感じた本でもあります。

箱の中の書類(ハヤカワ・ミステリ)
ドロシイ・セイヤーズ著 松下祥子訳
箱の中の書類 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)箱の中の書類 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
(2002/03)
ドロシイ セイヤーズ

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一つの事件が起こり、それは不幸な事故として処理された。
しかし、事件当時海外にいた死者の息子だけはその結末に納得できず、当事者たちから証言を集め、また当時を物語る資料(書簡)を提供してもらい、自らの捜索活動や推理に関する手記、新聞記事なども含めすべてを一つの書類ケースにまとめて然るべき人物に送りつけてきた。
…というのが「箱の中の書類」という、本書タイトルの意味。

これという語り手は存在せず、読者はもちろん、受取人と一緒にその書類を、証拠として順序良く検め、事件の全容を把握していくべき立場にあるのです。

この趣向について解説では「マイアミ沖殺人事件」の名が登場していましたが、わたしはもっと単純に、夢野久作の「瓶詰地獄」を思い出しました。
ミステリでこの試みは新しかったのかもしれませんが、書簡体を重ねて物語を綴るというのはヨーロッパ女流文学の伝統な形式でもありますよね。セイヤーズもそれを意識していたようで、
「語り手は存在せず、読者は証拠から物語を読み取る」とはわたしも書きましたけれども、代わりに書簡の書き手たちがかわるがわる、それぞれの立場・観点から事件を物語っているわけで、「マイアミ沖」ほどとっつきにくくはないはず。
…どころか、あまりにも入りやすい、そしてスリリングな書きっぷりなので、本の薄さもあり(余計な記述が一切ないのです)わたしは一気に読んでしまいました。
もちろん、じっくり読み進めて書類の受取人と一緒に推理してみたい方、そして事件の概要を把握した後、もう一度関係者の書簡を読み返したい方にとっても満足度が高いのではと思います。

物語は、ある郊外の中流家庭が、2人の若い下宿人--1人は作家、1人は画家--を迎えたところから始まります。
詮索好きな家政婦が見た、その家庭の主人と主婦の不仲。
それは下宿人たちの目にもすぐに明らかになりますが、
「夫は妻を愛しているのに妻にはその価値がわからないのだ」と評する作家と、
「夫は妻を束縛し、面と向かってはけなすことしかしない、彼には妻の価値がわかっていない」と評する画家というように、見る者の目によって真実は様々です。
後で事件が起こるということがわかっているからでしょうか、この前半から中盤にかけての、関係者それぞれの書簡が続いている辺りは、少しずつ、少しずつ家庭内の緊張が高まっていくのが伝わってぞくぞくします。
実直ながら気難しい一面のある夫、若く溌剌とした妻、一見穏やかで社交的な性格ながら芸術至上主義の画家、皮肉屋ながら婚約者にぞっこんの作家(クリスティーもそうですが女性作家のほうが男性の可愛らしさを描くのは上手いですねやはり)、やや偏執質なきらいがあり、事件とは関係ないのですがやがて自らの甥を自殺に追いやってしまう家政婦、どれも1930年の発表とは思えない現代的な登場人物の描き方が、鮮やかです。
同時に起こった事件の残酷さもこの上なく、死体発見に関わるある登場人物による供述書の描写が怖い。

中盤以降は死者の息子が前半の書簡を入手した経緯、そして事件に対する考察となっていて、これを前半ではなく読者が事件を追体験した後に持ってきているのも巧いと思います。
息子に協力するある人物が、
「こうして現実に身の回りに起こってみると、推理小説のように嬉々として友人知人に聞き込みすることなど考えられない。自分は事実を知るのが怖い」という趣旨のコメントをしているのも重い。

全然関係ないのですがこの“夫”の数少ない趣味は静かなアウトドアライフ。
年に一度は自身で草庵と称する辺鄙な田舎の小屋に引きこもり、のんびり休暇を過ごすのですが、それについて
「牛乳配達は?」
「缶詰のコンデンスミルクを使う」
という記述があり、震え上がってしまいました。
夫についてはそれまで家政婦からも下宿人達からも彼の料理への関心の高さについて一致した評価がされており、味覚音痴であるはずはないので、コンデンスミルクできのこを煮込むというのもそうおかしなことではないようなのです。

アウトドアで甘味は重要なものであり、わたしもキャンプ中トーストに塗るみたいな利用法はすることがありますが(人によっては紅茶やコーヒーに入れたりする)。でもこれは甘味としてではなく、完全に牛乳代わりの使用法ですよね。
ここに登場する料理をつくってみようか、やめておこうかと、しばらく考え込んでしまいました。
同日追記。ということで何がシンクロニシティかというと、
・またきのこ
・また作家
そして本書巻末に
・「孤独な場所で」の広告が出ていた
というあたりが先日の「検死審問再び」のエントリと一致していたなあと、その程度のことなんです。
とりあえず夕食のきのこはコンデンスミルクでは煮込まず、バターでサーモンと一緒にソテーしました。もしかして無糖のコンデンスミルクというものがあるかと調べてみましたが…そんなことはなかったです。
しかしハンフリー・ボガートが主演しMJが引用した映画の「孤独な場所で」は、原作とはかなり内容が異なるらしいですね。
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