LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

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今日ぼんやり思ったこと。

顔の出ないスーツアクターの演技について、

●「誰さんのファンだから応援する」というのではなく純粋にゴセイジャーならゴセイジャーの物語を楽しみ、その表現を評価するというスタンス(小さいお友達のスタンス)と

●例えばショーや特撮番組を観ながら、
「あれは高岩さんなのか代役の誰かなのか」と目を凝らして観る、そしてお目当ての方以外には関心がないというスタンス(特定のスーツアクターファンとしてのスタンス)と


そんなふうに観客側・視聴者側のスタンスを二分した場合、自分の実感で言うと大多数のファンは「その混合型」になってしまうんじゃないかなあと予想しています。とりあえずわたし個人はそうです。

ベースは小さいお友達スタンスなので、スーツアクターの方と、
「スーツアクターだから」という理由で個人的にお近づきになりたい考えはありません。
というより、できれば常に一定の距離をキープしたいと思っています。そのほうが自由に、より純粋に番組なりショーなりを鑑賞できるから。
(結果的に言葉のやりとりができるようになった方はいますけれども、それは偶然、そのお人柄に惹かれたりしたもの。)

とはいえ特に好きな方、高岩さんや伊藤さんがお出になると聞けばどこだ、どの役だと目を凝らして観てしまいますし、時にはプレゼント等も送ります。その際署名を残すのはお返事を期待してということではなく、それが入ってないモノなんか怪しくて受け取れないじゃないかという、社会人生活で身についた習慣に過ぎないのですが、だから開封して住所等の書かれた外箱や外封筒をマネージャー的な役割の方が捨ててしまわれたって別に構わないのですが、交流したくないといいつつ、お返事がきたらきたで、それはそれで天高く舞い上がります。
「お返事要らなかったのに…」なんて思いません。

そして、代役の方が入っていらしたとしても、それはそれでWならWの本物だと認識していますので、純粋にその物語を、目の前のWの行動を楽しむわけです。

逆に、今のところ幸いそういう経験はありませんが、たとえ高岩さん、伊藤さんでも
「これはちょっと」という演技をされていたり、言動をとられたりしていれば、わたしはやっぱり
「これはちょっと」と言うだろうなあと思います。あまり距離がなくなってしまうと、そういうことってできませんしね。

もちろん、わたしとはぜんぜん違うスタンスの方もたくさんいらっしゃいます。
ただ、はっきり上記2つのうちのいずれかに分類されてしまう人は、そうないと思うんです。

そして、どんなスタンスであっても、
「スーツアクターの人とお近づきになりたい」という人にしても、それは決して、
「スーツアクターなら誰でもいいからお近づきに」ということにはならないと思うんです。
誰が、どの役を演じていても構わない、それは確かにそうなのですが、そう思いつつも、その中でやはりその人が演じたときに印象に残る演技やアクションがあったから、その一瞬に魅せられてしまったからこそ、ファンレターやプレゼントという行動に出てしまうんじゃないかと。

まあ、このところのスーツアクターブームを見れば、
「誰でもいいからお近づきに」というファンがいるはずない、とまでは言えませんけれども、やっぱり少数なんじゃないのかな? 
ファンというのは、相手が何がお気に召すかわからないまま、七転八倒してプレゼントを選び、購入し、あるいは手製の何かを仕上げ、メッセージカードの文面も(わたしは書きませんが)七転八倒して書いているわけです。
手渡しなら地方から新幹線に乗ってきていたりするんです。
言ってしまうと台無しですが結構面倒くさいことで、誰でもいいならするわけがない。
そうせずにいられないほど、その人の存在に感動してしまったから、しているだけなんです。

で、ここからは連想なのですが、今井さんが以前書かれていた、スカイシアター(注:「プリズムホールでは?」とご指摘いただきました…プレミアの日のことなのでそうだったかも)で
「スーツアクターの方ですか?」と声をかけられたのがショックだった、というお話は、もしかしてそのファンの方を
「スーツアクターなら誰でもいいからお近づきに」系の人と認識されたからなのかなあと思ったり(しつこくてすみません…実のところまだ理解できてないんですあの文章)。ほんとうにそうだったのなら失礼だという感覚も、
「スーツアクターと呼ばず名前を呼んでくれ」という感覚もわかるなあと。

実際にはそのファンの方も、誰でもいいからということではなく、当時の戦隊を観て感動していたからこそ今井さんのお名前は出てこなくとも、声をかけようという気持ちになったのだと思いますけど、そんな解釈もあるかなあと。

今年に入ってまた、ああ、やっぱり見る側と見られる側の間には大きな認識のギャップがあるなと--というより、ブームのせいで元からあったものが目立ってきたなと感じることが多かったのですが、だんだん埋まっていけばいいなと思っています。
今が過渡期なんでしょうねきっと。
同日追記。注記を入れました。
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こんにちわ。

二つのタイプのどちらか…と考えると、やはりどちらの思いも私の中にあるように思います。高岩さんに惚れてハマった世界ですが、ライダーであれ戦隊であれ、子供番組としてのヒーロー物が好き、というのが根底にあるので。

その方(私の場合は高岩さん)の演技・表現・アクションなどに魅了されてファンになったわけですから、その辺りはつい目を凝らして好きな方の動きを必死に探してしまいます。ただ代役であったとしても、代役の方ならではの良さがあるし、番組そのものは純粋に面白かったと満足できます。(高岩さんと思ってみているとなんとなく違和感を感じてしまうのは否めないんですが)
高岩さん以外の方々の個性・持ち味も徐々にわかるようになって、番組の楽しみ方の幅が広がった気がします。

高岩さんのプラットフォームの演技に惚れてファンになり、パーっと気持ちが舞い上がったりもしましたが、ここ一年の怒涛のお祭り騒ぎを経験して、かえって妙に落ち着いてしまいました。私は高岩さんのどこに惹かれたのだろう、とふと考えた時、makiさんとは違う意味でかもしれないですが、少し距離を置いて応援したいと思うようになってきています。
巡り巡って原点に戻った感じですね。


見る側と見られる側の認識の差。そのギャップがゼロになるのは難しいかもしれませんが、より距離が近くなればいいですよね。そこに微塵も悪意はないのに両者の気持ちがすれ違っていくのはかなり切ないです。

人様のブログについ長々と失礼いたしました。

2010.04.07 17:18 URL | ノラ #CEDwTw6k [ 編集 ]

ノラさん、いらっしゃいませ。

昨日たまたまなのですが、ああ、スーツアクターの方の中にはこういう捉え方もあるんだ、と感じることがありまして。

演じる側とすればもちろん、
「誰が演じているか、ではなく、誰が入っていても今のこのヒーローが本物」という考えで演じていらっしゃるのでしょうし、今日は偽物、今日は本物と目を凝らして番組やショーそっちのけで騒ぐファンには否定的なお気持ちもあるでしょう。また、ご自分たちの間では
「みんなが仲間」という感覚でいらっしゃって、そこまではわたしも同じ気持ちなのですが、だから
「応援しています、素晴らしいものを観せてくださってありがとう」と気持ちを表すファンにまで、
「スーツアクターなら誰でもいいのか」と思われることがあるのかと。

根拠なくそんなことは仰らないでしょうから、そういう
「誰かわからないけど、スーツアクターみたいだから声をかけておけ!」というような残念な人も実際にいるのだろうとは思いますが、でも大多数は違うよと言いたいだけで書き始めたエントリです。
書いているうちに、前から疑問に思っていたいくつかのことも
「ああ、そう思われていたのだとすればわかるなあ」と思い出しまして…

わたしももちろん、スーツアクターの方は皆さん応援しています。それは、素晴らしい夢の世界を子どもたちのために築いてくださっている方々だから。でも、ファンレターを出したい、プレゼントをしたい、仕事の都合をつけて、新幹線に乗ってでもその人を観に行きたいという気になるのは、その人が特別な人だからで、
「誰でもいい」じゃないんです。
そこが通じてないのは、仰る通り、
「せつない」気持ちがしますね…

2010.04.07 19:24 URL | maki #mxyayG2g [ 編集 ]

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2010.04.07 20:58  | # [ 編集 ]

内緒様、いらっしゃいませ。

そうですね、ファン同士でもそういうすれ違いはあるわけですしね。
ご指摘の件はほんとうに、考え方というより表現の違いでそうなってしまった分、よけいに残念ですね。

「誰でもいい」ととられてしまうようなうかつな方もいるのでしょうし、実際にそう思っている人もいないとは言いません。
誰でもいい、を失礼とはとらず、そういうものだと頭から思い込んで対応される方もいらっしゃいますから、一概に否定したものでもないのだろうと思います。

でも、大多数のファンは、勇気を振り絞って声をかけた、手間暇かけてプレゼントを贈った、「その人」に気持ちを伝えたいのだということは、わかっていただきたいなあと思いますね。

2010.04.07 22:11 URL | maki #mxyayG2g [ 編集 ]

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2010.04.07 23:22  | # [ 編集 ]

内緒2号さま、いらっしゃいませ。

仰る通り、問題にされがちなのは極端なファンであって、そしてそういう極端な例はごく少数のはずだと思います。
ただそういう方は、残念ながら目立つし、スーツアクターの皆さんの記憶にも残りやすいのでしょう。
その目立つ少数は、決してファンの典型ではないのですが…

大多数のファンが混合型であるように、演じる側にも両方の想いがあります。

とりあえずショーに関していうと、わたしはステージに立つ側でしたので、番組やショーの内容そっちのけで特定の出演者にこだわるファンを見ると、やっぱり残念に思ってしまいます。
演じる側は誰が入った場合でも、まずその役の人格、役の感情、物語そのものを表現しようと努力していますので…だから1人が欠けても代役はいる、誰が演じても同じというのがショーにとっては理想的な状態なのであり、それを目指して皆、力を合わせているわけです。

だから、内緒2号さまのようにゴーオンレッドを観て、まず
「走輔!」と思ってくださるお客さんのお話を伺うと、部外者であってもうれしいものです。
何よりもショーを、映画を、番組を楽しんでほしいわけで、ご指摘のような極端なファンの方は、自分のお目当ての方にとって大切な「仕事」や「仲間」を貶しているとは思わないんだろうか…と、残念以前に不思議に思います。

とはいえ、同じ役を同じように努力して演じても、その中で
「その人にしかできない表現、個性」というものは出てきます。それが上手くできて、仲間からも評価され、そしてそれを観て
「今日のショーに感動しました」「あなたのあの演技に感動しました」というファンが現れた時、それは
「誰が演じても同じ」状態を目指しているというのとは矛盾しているようですが、やはり一つの成功であり、演者本人にもうれしいことなんですね。

だからどちらも混合型なんだと思うんです、大多数は。

番組の中では、あるいはショーの中では何よりもまず、表現するべき物語がありますから、演じる側も
「誰でも同じ」状態を目指しますし、観る側も誰が演じているかということよりそれを優先して鑑賞したい。
ただ、ファンレターやプレゼントといった、ファン対スーツアクターの交流の時には、その人だからこそ好きなんだ、という感情がやっぱりベースになるんじゃないかと思います。
そんなところでまで誰でもいい、誰でも同じという人はそうそういないと思うんですよね。

要はTPO--というと変ですが、使い分けなんですが、ファンにしてもスーツアクターにしても、その辺りをごちゃごちゃにしてしまうと、ややこしいことになるのかもしれません。

それから、こちらこそありがとうございます。
最後に教えてくださったエピソード、ものすごく元気がでました!さすがは兄貴ですね。
今まで悩んできた甲斐があったというと変ですが、救われた気持ちでいっぱいです。ほんとうにありがとうございました。

2010.04.08 02:56 URL | maki #mxyayG2g [ 編集 ]















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