LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

今日は映画を観に行こうと思っていて、結構楽しみにしていたのに都合でだめになってしまって残念です。
明日は行けるかな? 明後日かなあ。
やっとまた、春らしい天気に戻ったのに。

というわけで春っぽいぼよよんとしたおつむの持ち主が主人公のこれを。
正確には金曜日に読み終わってます。

移動図書館貸出記録 I 蔵書まるごと消失事件
イアン・サンソム著 玉木 亨訳
蔵書まるごと消失事件 (移動図書館貸出記録1) (創元推理文庫)蔵書まるごと消失事件 (移動図書館貸出記録1) (創元推理文庫)
(2010/02/28)
イアン・サンソム

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昨日も1号と三島由紀夫の話をしていて思ったのですが、ミステリ好きはSF好きとSF嫌いに分けられます(SF好きはミステリ好きとミステリ嫌いに分けられます)。そして、両方好きという人は大抵本の虫です。
何故かと言えば、良作と言われるミステリも、SFも、結構読み手にストレスをかけてくるからです。ある程度のストレスに耐え得る、読書慣れした読者しか残れないと言ってもいい。

(無駄に長いとか、無駄にだらだらした展開とか、無駄にめまぐるしい視点移動とか、無駄に思わせぶりな薀蓄とかが好まれないのは何のジャンルでも同じですが、後でちゃんと意味があって長かったのだとか、展開ひっぱってきたのはこのためだったのかと腑に落ちる魅力的な結末が待ち受けていれば、そこへ至る道のりでかけられる負荷も負荷にならず、むしろそれこそが読み応えある小説というものであり、これぞ読書の喜び、カタルシスであると評されたりするのがミステリとSFで、要はメイン読者はMばっかり)

で、そういう読者はどうかすると互いに本の虫自慢を始めるわけですが--ナード自慢になってしまうので誇れるものじゃないと思うのですがなぜか本の虫は同類に会うとさりげなく張り合うもので、現に本作の巻末では解説者が主人公に刺激され、本の虫自慢をしています--同類同士だと
「自分は本の虫だと思ってたけどよくあるレベルだったんだ、上には上がいる」とほっと安心したりします。
まあそんな、本の虫コミュニティが自ずとできあがるくらいには読書好きが集まっていて、書き手も乙一さんのような例外はあるものの、概ねその中から生まれてくる。
そのせいか、「本」をテーマとする作品も他のジャンルに比べ多いように感じます。
書斎や図書館で人が死んでいるとか、ミステリ専門書店の経営者が地元の事件について素人探偵に乗り出すとか、古書店主・評論家・コレクター・装丁家・作家・編集者といった関係者が多く登場するとか、探偵がチャンドラーの愛読者であるとか。

この本はそんなミステリの中の一冊。本の虫中の虫、本のこと以外何も分からない冴えないオタクの主人公が、鄙びた町の図書館司書の仕事を得て、新しい職場に到着したところから物語は始まります。

はるばるロンドンからやってきたのに、彼を出迎えたのは「図書館閉鎖のお知らせ」という張り紙のみ。
彼に採用通知を発送した後で、経費削減の必要性に迫られ、町は図書館施設の維持を断念してしまったのです。
慌てた主人公に、彼の上司に当たる人物は、
「しかしだからといって住民サービスを低下させるわけにもいかない。代わりに移動図書館サービスをスタートさせるから、その立ち上げに取りかかってほしい」と迫ります。
車に本を積み込み、コミュニティを周回しろというわけですが、肝心の本は?
「図書館にあるでしょう」
しかし、閉鎖された図書館へ出向いても、棚は空っぽです。1万5千冊もの蔵書はどこへ行ったのか。

ということで本作は、
・主人公の慣れない町での悪戦苦闘(人種や宗派の違い、異文化との交流はただでさえたいへんなものなのに、主人公はオタクな役立たずなために、それがカフカ的な不条理劇にまで発展しつつある)
・移動図書館開設準備に関わる奮闘
と同時に、
・失われた蔵書の秘密裏の捜索、蔵書盗難事件の犯人探し
が語られていくわけです。

主人公のダメさ加減、役に立たなさ加減、探偵仕事に精を出す主人公よりも彼がばかにしている、教養無さそうな田舎者達のほうが遥かに筋の通った判断を常に下しているという逆転現象は、パーネル・ホール「探偵になりたい」シリーズを思い出します。ストーリーよりも会話や叙述をいちいち楽しむタイプの小説なので、詳しくは書きませんが。

象徴的なのは、「地図」の不在でしょう。
主人公はしばしば、町のどこへいって、誰に会えと指示されたり示唆されたりしますが、初めての町なので何がどこにあるかわからない。アドベンチャーゲームみたいです。

どこかで地図を入手しなければと思うのですが、上司にも、書店や観光客相手のカフェの店員にも
「地図? ないわよ。そんなものなんで必要なの?」と言下に否定されてしまいます。
よそものである主人公には何をするにも必要不可欠なもの。しかし、この町で生まれ育った彼らにはまったく不要のもの。
「皆さんにはそうでしょうが、この町に来たばかりのわたしには必要なのです」と、一言言えばいいのに、それが言えない主人公。
どうやらロンドンに置いてきたガールフレンドは遠距離恋愛には向かないタイプらしく、彼女に勧められて就いた職なのに(というより体良くやっかいばらいされた?)相談にも何ものってくれません。最後には連絡すらとれなくなってしまいます。
仕方なく彼は、ネットを通じこの町の地図(中古)を購入するという回りくどい手を使うはめに。

どこの田舎者だって、
「よそ者に地図が必要」ということすらわからないはずはないので、こんなことありえないよと主人公のダメっぷりにさらにいらいらするのですが(パーネル・ホールの主人公に比べ、本作の主人公、イスラエルは自分がダメなところを自覚しているくせに他を見下すところがむかつくのです)、でもふと思うのです。
人生には地図ってないもんね、と。ついでにいうならマニュアルも。
このダメで役に立たないくせにひそかに周囲を見下したがる情けない主人公が、それでもすこしずつ人々に受け入れられ、その助けを得、自力で地図をゲットしたことで最後の最後には事件解決にこぎつけることができたということには、何か寓意があるのかも。

まあ、わたしはだめんずではなく男前好きなので続刊を読むかどうかはわかりませんが、周囲の人々が主人公をさんざん貶し、追い廻しながらも何だかんだ力を貸してくれる展開には、みんな優しいなと、かなりほっとしました。

ちなみに解説によれば作者のイアン・サンソムはガーディアン紙の2009.1.18の特集、「この1000冊を読め」への寄稿で、レックス・スタウト「腰抜け連盟」、ハリイ・ケメルマン「金曜日ラビは寝坊した」、アマンダ・クロス「殺人の詩学」、ダシール・ハメット「影なき男」の4冊を推薦しているそうです。
未読のアマンダ・クロス以外はわたしも大好きなものばかりなので、そのうち「殺人の詩学」も探してみようかな。
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