LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

twitterの気易さでしょうか、昨日はタイトルの件でついついダイレクトにつぶやき続けてしまい、政治向きの話題がお嫌な方には申し訳なかったです。
ブログだとこうやってタイトルなどで前置きできるので読みたくない方は回れ右できるんですけど。

ということで以下、大したこと書いてませんが12/15に可決された都条例の件。もうこれ以上だらだら書くのはやめます。
報道の与えるイメージ

元々、政治に関しては一般人の立場では投票に行くこと、それが最上かつ唯一の手段だと思っています。
それができない(都民ではない)わたしとしては、あの条例に対する感情的な反発はあっても、そして同居人たちとそれを話題にすることはあっても、ネットで署名その他を呼びかける等の活動をするつもりはありませんでした。
条例そのものの問題点や推進派の言動の矛盾については、既に多くの方が随分前から書かれていますし。

ただ、可決に関する各社の報道を見ていると、どうしても気になる。
わたしは報道のほうが気になってしまうのかなあと思います。

マスコミというのは対立の構図がないと記事・番組のフォーマットにはまらないと思っていますので、「規制派VS反対派」というように明確に整理できる今回のような件では、そこにばかり力が入ってしまう。でも単純化は危険です。
対立というなら「都VS国民(都条例なんですが東京で決まったことは全国に波及しやすいので)」というほうがあたっているのですがそれが見えにくくなる。
反対しているのは規制対象としてあげられている、
・過激な性表現を含むマンガ、アニメの愛好者 や
・そういったマンガ、アニメの製作者 だけ
…のように思われてしまう。
でもほんとうにそうであるなら、日弁連や日本ペンクラブ等、直接利害関係のない団体が一斉に反対するわけがないのです。

過程に疑問

一旦否決された条例案が、否決後半年で再度持ち出された理由はなんなのか。
その間、現状の自主規制に問題があるというならそれはなにか、規制が青少年保護に有効であるという根拠はなにか、十分検討される必要があるのですが、そのあたりの納得いく説明はありません。
出版社側との話し合いの場をはねのけ、
「規制の基準が曖昧である」という前回の立案時からの指摘に対しては
「細かい点は決まってから詰める」と答える。
12/15採決のものについて、条例案を提出したのは11/22。何をそんなに急いでいるのか、と思います。
狙いは何かと勘ぐりたくなります。

わたしは決して、ポルノが街の中に氾濫している状態を歓迎するのではありません。TPO関係なくそういうものを見せつけられれば大人でもやはりいい気持ちはしない。
でも、そこに公権力が入ってくるというのは違うと思います。
条例施行ですぐに何かが起こるとは思いませんが、ただ、権力による表現規制の危険性は歴史上、何度となく証明されています。
ほんとうにそういう規制が有効なのだとしても(個人的には大いに疑問なのですが、石原慎太郎都知事の著作やそれによる実写映像に影響されて重犯罪を犯したという未成年が現実に存在したそうなので)そこに至るには慎重な検討が、十分な周知が必要なのです。それがない。
出版界の反発が今回非常に大きいのですが、繰り返しになりますがその背景には、話し合いを求める出版側の働きかけを都側がつっぱねた、ということがあります。現場の人と話さない=現状把握からして不十分なのではと疑われます。

またなぜマンガ・アニメだけ規制強化なのかという疑問もあります。
現実の事件報道には激しい怒りや嫌悪を感じます。特に虐待など、幼い子どもが対象とされた事件には。
感情論で言うならばこんなことより現実の青少年保護のために、もっと急ぐべきことがあるのではないか(例えば買春・児童実写ポルノ製作の摘発徹底や被害者救済等)、限りある人材や税金を投入するなら優先順位を検討すべきではないかと思うわけですが。
それに対する説明も今のところありません。

他人ごとと思えない

この拙速さと、規制の曖昧さ(「健全なものは規制しない」「芸術性のあるものは規制しない」という趣旨らしいですがそんな説明では却って条例のいい加減さが際立ち、担当者の胸先三寸でいつでも恣意的運用ができる状態ができてしまったのだと改めて感じます)を見ていると、今は性表現のみとされているが暴力表現や政治的発言等々、どこまで対象を広げてくるかわからない、という気になってくるのです。
現在マンガ、アニメ同様
「子ども向けの文化」と軽んじられることの多い特撮の分野において、これが他人事だといえるかどうか。
犯罪描写がメインとなるミステリ好きとしても、社会風刺の手段として書かれることが多いSF好きとしても。

「表現規制ではない、陳列規制だ」と言われていますが、実際には陳列規制を受けた図書は書店での棚の確保ができなくなり、一般では流通されなくなる(特定の成人向け書店であったり、成人コーナーを確保できるだけの面積のある販売店でしか購入されなくなる)ので、その大半は事実上、抹殺されてしまいます。
読まれなくなるという可能性が少しでもあれば製作側は自由な表現をしようという意欲が阻害されてしまうでしょう。

繰り返しますがわたしは街にポルノが氾濫するという状況が、好ましいとは思っていません。
青年誌のコミカルな性表現はむしろ微笑ましく思いますし、愛情表現としてのセックス描写に感動することもありますが、妊娠や性病の問題を軽視しているものは心配になりますし、相手の尊厳を踏みにじる一方的な行為を描いたものはやはり不快です。
出来れば子どもの目に触れさせたくないし、もし自分の子が将来そういうものを読んでいれば、
「わたしはこういうものは不快だ」と一言言いたくなるだろうと思います。

ただそれは、その人個々のなかにある線引きです。

そして、都職員が規制しないと言っている手塚作品や「ドラえもん」「風と木の詩」等多くの読者に愛される、内容的に深い、あるいは芸術性が高いと言われるマンガは、玉石混交の広い裾野があってこそ生まれるものだと思います。
この規制は文化的にも大きな打撃となるでしょうし、景気浮揚策の一環としてコンテンツ産業を育てていこうとする国の方針とも齟齬を生じます。なにより一消費者としては、マンガがつまらなくなれば、現在マンガ原作に頼ることの多い、あるいは積極的にマンガとのメディアミックスが図られている他ジャンルの作品もどうなることやらと思うのです。

ではどうするか?というと、冒頭にも書いたとおりわたしには選挙権の行使、そしてせいぜい署名に協力する程度のことしかできません(都民でない現状、後者のみ)。
でもこれからも本件については考えていきたいと思いますし、これを読まれた方で本件に興味を持ってくださる方がもしいらっしゃればうれしいと思います。
報道について文句を言いましたが、もちろんいろいろな角度から本件をとりあげている番組・記事もありますので、見比べてみていただけたらと思います。
同日追記。1956年の少年犯罪に関する記事へのリンク追加。ついでに1箇所改行位置を変えました。
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