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あまりの大災害についついわたしも情弱丸出しで浮き足立ってしまったのですが(例のドワンゴのサーバルームで…というデマにひっかかってしまいました/直後に気づいて訂正したとはいえ反省しております)、ネット上で
「これは不謹慎」
「あれは自粛すべき」
などの言葉を散見するうちに頭が冷えてきました。

不謹慎等、人の行動を評価する余裕のある方は被害がないか、あるいは軽微な地域の方ではないかと仮定するのですが、そしてわたしもそういう立場なので報道などに心を痛め、
「せめて自分に何かできないか」
と思うお気持ちには共感するのですが、しかしそれを他への攻撃、というネガティブな方向に向けても何もならない……というより、場合によっては被災地の方に間接的な害を加えることにもなりかねないのでは、と思ったりします。
以下、一度ついったにも書いたことを改めてだらだら長く書いているだけ。
過去の災害で一番印象に残っているのは、わたしにとってはやはり、1995年1月17日(火)未明に起こった、阪神淡路大震災です。
今回同様、映像による被害報道のインパクトはすさまじいものでした。被害の大きさにもかかわらず、暴動ひとつ起きない日本人の高潔さ、雄々しさ、忍耐強さが国際社会で注目され、賛美されたのも今回と同じです。
多くの方が居ても立ってもいられない思いで現地へ赴き、あるいは物資を送り、と様々な活動を行い、後に1995年は日本におけるボランティア元年だと言われたほどです。

ただ、一人ひとり、個人レベルでは善意であるものが、数、あるいは量として集まると、おかしなことも起こります。

その一つが「自粛要請」です。
今この瞬間、苦しんでいる方のことを思えば浮かれ騒ぐ気になれない…それは紛れもない善意です。ですがそれを他に求めるべきではありません。
阪神大震災はバレンタインデー前に起こったため、その年は
「義理チョコは自粛すべき」
「義理だろうがなんだろうが、バレンタインプレゼントを買うお金があるのならその分寄付すべき」
という声が多く聞かれました。
その結果、当時のバレンタインシーズンのチョコレート売上は前年から30億円のダウン。神戸に集中する国内チョコレートメーカーを失望させ、被災地復興の出鼻をくじきました。
バレンタインについては、多くは、それ以前から虚礼廃止したいと思っていた人が、不謹慎という言葉をちょうどいいエクスキューズとしただけなのでしょうが、元々は神戸の人たちのために、という思いやりから出発した行為が、却って神戸の足を間接的にひっぱった、皮肉な事例でした。

もう一つが「統制されていないボランティア行為」です。
物資が足りない、という声に押されて、せめて貧者の一灯をとありあわせのものを送る、あるいは止むに止まれぬ衝動から現地入りし、なにかお手伝いできないかと聞く、これは個人レベルではやはり、美しい善意だと思います。
ですが日本中の人が一斉にそれをやったらどうなるのか。
阪神大震災ではそれが交通渋滞の一因になったと言われ、また、細々と送られた荷物の仕分けや不要品の処分に限られた労力をとられた、ただでさえ少ない飲料水や食料品を素人ボランティアにも配布しなければならなかったという反省点があげられています。

小さな、草の根のボランティア行為を否定するものではありません。
たとえば今回の地震で、東京の飲食店が帰宅難民となってしまった方に食事を提供したというように、近隣市民による助け合い的なボランティアを否定しているのではありません。
ただ、
「何を送ればいいですか」
「何かできることはありませんか」
と聞かざるを得ない、それほど現地の状況がわかっていない人間によるボランティアは、それを聞かれて答える余裕もない地域にとっては、やはり、今は却って迷惑なのではと思います。

ボランティア志願者は、現地の受け入れ態勢が整うまで待つべきですし、物資の提供にしても、それが自分の手で配布できるというならともかく、そうでないのなら仕分けの必要のない状態で、すなわち
・実用品であり、新品であるものを
・大量に、ダンボール箱単位、またはコンテナ単位で
送るというのが鉄則です。
それができるのはやはり、企業なり団体です。それ以外の方は、
「○○を送ってください。個人支援も受け付けます」等のアナウンスがあるまで待つのがいいと思います。

同じ理由で、ネットでは節電、献血の呼びかけも回っていますが、できるだけ関係者のアナウンスを待つべきです。

また、過度の自粛呼びかけもどうかと思います。
少しでも早い復興のために、店舗は可能ならば営業して日本経済に貢献すべきですし、特にイベントは人の心を勇気づけるものです。
「安全が確保できない」という理由でのイベント中止は当然のことですが、西日本で開催されるものについてまで
「不謹慎」という非難が集まっているというのは理解に苦しみます。

ということで、被害のない、あるいは少ない地域の人間に何ができるか? というとまずは「通常営業」です。
ごくあたりまえの日常を続けること。

その上で
・お金の寄付を行う(仕分けの必要もなくかさばらず腐らず)
・ボランティア活動はもちろん、節電、献血、その他現地のために協力する際は、
 現地の要請に応えた、組織的行動であるよう心がける
・復興は即座には成らないので、継続的に関心を持ち続ける
です。

ネットだけを見ても、世界中から様々な祈りと励ましの声が届いています。
著名な漫画家の方々が、それぞれに現地の方を勇気づけるイラストを公開されています。
「今すぐのことではないが、慰問でヒーローショーを行うならスーツの補修は無料で行う」というレインボー造型企画からの申し出もつぶやかれていました。
過度の自粛呼びかけで社会全体を萎縮させてしまうより、自分に何ができるかを考えたいです。
なお、
「善意も集まると却って迷惑をかけてしまう」というもののもう一つの代表例として、デマの拡散があります。
最初にも書きましたがわたしも一件、これをやってしまったので改めて自戒を込め、好記事を貼っておきます。

→ 東北地方太平洋沖地震、ネット上でのデマまとめ - 荻上式BLOG

デマを仕掛けた人に対する怒りはありませんし、怒っている方に対しても
「気持ちはわかるけど、今でなくていいだろう」と思います。いち早く
「恥じることはない、RTした人たちの善意はわかっている」とつぶやいてくださった方も何人もいらっしゃいました。
ただ、同じことを繰り返してはいけないと思っています。
同日追記。節電について、わかりやすい記事がありました。

→  「節電すべきか」という疑問に対する回答(地域別)/原 悟克 : 北海道言論プラットフォーム

電気は水やお金と違い、節約したものを貯めておけるものではありません。大事なことは電力消費のピークを低くすること、たとえば夕食時間など一時的に使用電力がぐっとあがる時間帯を少しずつずらすことであり、また、特に消費量の大きいものから使用を控えていくことです。具体的には各電力会社の指示に従うべきだと思います。
さらに追記。福島の原子力発電所に関し「放射能漏れ」「被爆」という言葉がクローズアップされすぎだと思います。福島の農産物に対し今後風評被害が起きないようにと願います。
政府発表のとおりなら、健康被害はまずないと言われています。

→ 早野教授のまとめ・東大原子力系卒業生および有志協力チーム
→ Q&A on the Nuclear Power Stations(外国人向け・英文に依るQ&A)
3/15追記。なんでか投下カテゴリが「サブカル/特撮」になってました。すみません、日記に変更しました。
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