LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

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観てきました! 例によってまた雨に振られ、例によってまた適当に買ったシャツに着替えて。
わたしは今年の夏は、遠出には傘を持ち歩く習慣を身につけたいと思います。

適当に飛び込んだ駅前の古っぽい映画館で観たのですが、なんと過去のゴジラ映画のポスター展を併設してて超お得! 長い間にプロポーションがずいぶん変わりましたね。
ハリウッド版ゴジラといえば前に、ニューヨーク(だったと思うけど)の街を疾走するウエスト細いゴジラが笑いを取りましたが、今回の監督さんはずいぶん過去作を勉強して、頑張って作ったなあという感じです。
お陰で童心に帰りそこなって、普通に「大人」のスタンスで、普通のパニック映画を観るような心境で、最後近くまで。

でも、それでもゴジラはかっこよかった!
重々しさ、荘厳さ、そして愛らしさ。作中米兵が
「見ろよすげー!」と叫ぶシーンがありますがほんとにかっこよかった!
以下ネタバレ気にせず感想文。
童心に帰りきれなかったというのはあれです。
オープニング映像の、ニュース映像をうまく取り込みつつ
「極秘情報はマジックで消してある」というような表現は「CoD」みたいでしたし、
・日本で起こった地震と原発崩壊、家族の別れと、
 数年後廃墟と化した避難区域に入りたがる遺族
・南洋のリゾート地を襲う大津波
・高層ビルに突っ込む飛行機とそれに続くビル群崩落
・1945年8月6日の午前8時15分で止まった懐中時計
等々、実在の事件や事故・災害を彷彿とさせる映像が頻出し、いちいち
「ああこういうのって物議を醸すんじゃないのかなあ、制作にプレッシャーとかかからなかったかなあ、頑張ったなあ」みたいな感想を持ってしまいまして。

主人公の子供を預かると申し出る善意の人とか、機転を利かして窮地を切り抜けたバス運転手とか、大尉のハードラックっぷり(行く先々で怪獣と出会う)とダイ・ハードぶり(にも関わらず何度も窮地を脱して生き残る)とか、自然への畏敬を説く異人種VS人間が事態をコントロールすることにこだわる白人の図式とか、こういうあたりは普通のパニック映画のパターンだなあとか。
とかと何回書いたでしょう。
あと、ゴジラだけに日本を舞台としたシーンや、アメリカでも日本人・日系人らしい人物の台詞が入るシーンがちょこちょこあったのですが、その日本語が今ひとつしっくりこなくて、その後に聞かれる渡辺謙さんの日本人英語が懐かしかったり。
ハリウッドでは基本、核の扱い方がお気楽なものが多くて、冷蔵庫に入ったら助かったり、対岸に核ミサイルが落ちたのを見て
「やったー!」と歓声をあげたりするので、それを思うと監督さん、かなりリアルに表現されたとは思うのですが、それでも理屈抜きの恐怖とか絶望というのは商業映画では無理なんだなと彼我の違いを思ったり。
怪獣の存在を伏せ、極秘裡に何十年も研究を重ねてきた世界的な機関が、あっという間に崩壊するのもちょっと脆すぎませんかと思ったり。
変わって事態を掌握する米軍が、たまたまいいタイミングで行きあわせ、また本人自ら売り込んできたからと言っても、休暇中の人を最前線に投入(しかもものすごい高度からの降下作戦に)するなんてどれだけ人材不足と思ったり。
丁寧だし、力篭ってるし、よくできてる映画なのですが、そのぶん童心には帰りにくく、むしろその辺りはいっそ手を抜いていいから、怪獣の戦闘シーンだけ思いきりかっこよく、ずばーんとメリハリつけていけばいいんだよ、と雑な感想を途中まで持ってました。

ただ、光の使い方は印象的でした。
今回登場の怪獣は電磁波を自在に発するため、それをやられると勢力範囲内の電子機器はストップしてしまいます。
ラスベガスやサンフランシスコの光の海。そこへ強制的にもたらされる漆黒の闇。異様な声と振動。恐怖する人々――。
しばしの後、予備電源が入ったり、送電が回復したりして灯りが点った、人々がほっと安堵した、その瞬間、煌々たる光のなかに忽然と浮かび上がる巨大な生物。
そういうシーンが何回かありましたが(あと闇の代わりに煙幕などがあった)、これは怖かった。
他にも映像として面白かったところはいっぱいありました。

なおゴジラと戦う怪獣(武藤さん)二体のデザインがかなり気持ち悪かった。ここははっきり不満です。
エヴァの初号機かサクラ大戦の降魔か、という感じで前かがみの胴や脚は妙に細く硬く、そのくせ腹は柔らかそうで卵産んだり体液を流したりぬるっと腥そうな雰囲気が怖いというより、ほんとに嫌だった。
途中で二体が核弾頭の受け渡しをするのですが、そのシーンも生っぽくて嫌だった。
ゴジラ先生さっさとやっちゃってくださいよお、という感じです。

たぶんわたしにはわかってない細部にも監督のゴジラ愛がみっしり詰まってそうな感じで、ゴジラの成り立ちの古生物学っぽい説明もよかったし、そしてとにかく米軍はよく頑張った! という内容なのでミリオタ2号など嬉々として観ていたわけですが、それでも
「求めていたものと違う」というような中途半端な感覚をかなり最後近くまで持ち続けてしまいました。

しかし、終盤のゴジラのかっこよさだけは文句がつけられません。
途中まで劣勢だったりするのでそうは見えないかもしれませんが、最後近くになって
「やったー!」と心のなかで歓声をあげてしまうシーンがあります。ここはほんとによかった。ああわたしはこれを観に来たんだ! と思いました。
ゴジラの咆哮はめざましく、また霧や煙のなかで声だけを聞くと汽笛のように哀しく。
ラストのラスト、戦いによって自らも斃れたかに見えたゴジラが、息を吹き返し海へと去っていく、それを見送る人々の表情もよかった。
ちょっと海に入ってからのスピードが早かったけど、きっとペンギンみたいに
「海の中では敏捷」という設定なのだろうと思いました。

通常のパニック映画との違いは、基本的に被害は建物の残骸などでばかり描かれ、死人は米軍兵士以外ほとんど映らない、冒頭の大尉の両親(ここは思い切り悲劇)は例外として、作中生き別れになった家族はモブも含めだいたい再会する、というところで希望を描きたかったのかもですが、その分スリラー映画としての怖さが減った気がするのは残念です。

表紙エンボス加工で高級感のあるパンフレットには、いきなり見開きに

人間が傲慢なのは、自然は人間の支配下にあり、その逆ではないと考えている点だ

と、渡辺謙演じる芹沢猪四郎博士の台詞が記されています。
これは脈々と受け継がれてきたゴジラ映画のテーマを象徴する台詞でもありますが、先にも書いた通り、ハリウッド映画によくあるパターン化された“異人種の神秘主義”に見えないこともない、わけです。言うだけなら、映画のインディアンもそういうことをいつも言うし、アバターの青い猫人間も、種族まるごとそういう思想の持ち主でした。
自然を畏敬させるなら、その残酷さを肌で感じさせるものがほしかった。
あと、この映画には伊福部昭先生が足りないですね。
音っていうのは大事です、やっぱり。

以下今回の映画に関して。
最初引っかかったのですが、「ジャンジラ」の言葉の意味ってどこかで説明されてましたっけ?
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2014.08.08 21:47 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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