LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

前半はいろいろとチャーミング、後半はオーバースペックにオーバーフローの大暴走。ユーモラスだけれどもざらりと苦い後味。
「第9地区」と同じ作風だなあと思います。エビちゃんを気に入った方ならお勧めかも。

わたしはSFにも映画にも詳しくありませんし、「パトレイバー」のゆうきまさみ先生が本作を評する際、

「チャッピー」で核となるエピソードの多くはすでに「ピノッキオの冒険」に描かれ

ているとこの上なくすっきりまとめていらっしゃったので、レビューっぽいことをする必要はないと思うのですが、素人としてどうしても言いたいことが一つだけ。

チャッピーの愛らしい造形と仕草。あちらはモーションキャプチャ、こちらはスーツを着ての演技という違いがありますが、「ゴーバスターズ」のバディロイド、チダ・ニックさんに似てませんか?

シャールトの声質もそう思って観ると、藤原啓治さんに似ているように思えてきます(吹き替えでなく字幕版で観ました)。まあチダさんは方向音痴なだけで、別に性格は赤ちゃんじゃないんですけれども。
以下ネタバレは例によってあまり気にしていない感想文。
舞台は犯罪多発都市、ヨハネスブルグ。
時は近未来というにはあまりに近すぎる2016年。
政府当局はアンドロイドの警官、愛称“ドロイド”の採用を決定する――。その活躍を報じる様々なニュース、ドキュメンタリー番組やインタビューからなるオープニング。
非常にリアルな世界観です。ただそのリアルな世界に、一人の天才が登場しただけ。

若き天才、ディオンはドロイド開発によってヨハネスブルグ社会では今をときめく存在。
インタビュアーや勤務先(世界的な兵器開発会社)CEOの賞賛にははにかんだ笑みで応えるディオンですが、かれがほんとうに真剣に取り組んでいるのは、人間以上に優秀な自律学習型人工知能の開発でした。
数年間、毎夜自宅で取り組み続けた研究がついに実を結んだにもかかわらず、ドロイドへの搭載はCEOに拒まれ、思いつめたディオンの脳裏をかすめるのは、ギャング制圧に動員され、消耗し廃棄処分が決定した不運なドロイド、ナンバー22。

同じ頃、街のちんぴらであるニンジャ、ヨーランディ、アメリカの3人組は追い詰められていました。ギャングのボスに引き渡すと約束した麻薬をだめにしてしまい、代わりに大金を納めろと迫られるのです。
ヤサもバレた、一発あててこの街を去ろうと決意する3人。しかし警察がドロイドを導入して以来、いろいろとやりにくくなっているのも確か。ニュースで見たおたくっぽい開発者を誘拐し、ドロイドの動きを止める、リモコンスイッチを作らせようと考える3人。

かくして街のちんぴらと天才技術者が出会い、壊れかけのボディと人間以上に賢い知能、戦闘能力を持つアンバランスなアンドロイド、チャッピーが誕生します。
創造主として無垢なチャッピーに情操や創造性をはぐくませようとするディオン。
チャッピーの幼さを無条件に愛し、保護し、共に楽しもうとする母のようなヨーランディ。
チャッピーにギャングのかっこよさを教えこむ無責任な叔父さん的存在、アメリカ。
そして、チャッピーを手っ取り早く強盗や用心棒として使えるようにしたいと焦るニンジャ。
チャッピーの愛らしさや日一日と成長していく様が楽しく、それを取り巻く大人たちの“教育方針”もてんでんばらばらで、一体誰が主導権を握るのかと、このあたりまではたいへん楽しく観ていました。
ニンジャやアメリカにノセられて、チャッピーが粋がったちんぴらのような身振りやスラングを身につけていくのもおかしかった。

しかし。
チャッピーはそもそも、ディオンがどさくさで誕生させたもの。
手脚はパーツ交換でなんとかなったものの、ギャングにロケランで撃たれた胸部は損傷がひどく(頭部は無事)、バッテリーは高熱によって半ばボディに溶接されたような状態。交換も充電もききません。
人間の赤ちゃんさながら、しかし人間の赤ちゃんより遥かに早いスピードで新しい知識を吸収していくチャッピーも、やがてその意味するところを思い知らされます。
荒んだ少年たちに石を投げられ、火をつけられた時の恐怖と孤独。
独り物思うチャッピーに寄り添ってくれた野犬の、柔らかさと温もり。
対照的に闘犬場では、負けて死んだ犬の冷たくかたい身体の異様さ。
「赤ちゃんと同じなのよ!」
何度も繰り返されるヨーランディの叫び声も切なく、叙情的な表現です。自分はなぜマミー(ヨーランディ)とずっと一緒にいられないのか。創造主(ディオン)はなぜ、わずか5日限りとわかっていて命を創りだしたのか。苛立ち、悲しみ、その挙句、
「あちら側(=負けて死んだ犬の側)とこっち側、どっちがいい」とけしかけるニンジャに、頷くチャッピー。

この、死を思い、乗り越えていくべく戦うチャッピー、というメインストーリーに、ディオンに嫉妬する同じ会社のマッチョな技術者だの、ニンジャを脅せばチャッピーを我が物にできると思っているギャングのボスだのが絡み、フロントミッションシリーズのヴァンツァーみたいな兵器も登場して、あとはみんなして勢いよくカタストロフィーにつっこんでいきます。

勢いよくです。一直線です。
街のちんぴらである3人組やギャングのボスが浅慮であるのはそんなに違和感ないのですが、主要登場人物たちはだれもかれも、ことの発端であるディオンからして、信じられないほど考えなしです。

CEOは確かに、ディオンのAIを却下しました。
なぜなら、第一に量産型警察ロボットにはオーバースペックだからです。彼女としてはディオンには、ヒット商品であるドロイドの、単純な改良に取り組んでもらったほうがよほどありがたい。保険契約上の違反も、技術者の耳にはくだらない言い訳に聞こえたかもしれませんが、経営者には見過ごせない問題です。また、彼女が意識していたかどうかわかりませんが、人間以上の存在を誕生させ使役することについて、世の評価はまだ固まっていません。倫理的・哲学的に、社会からどのような攻撃を受けるかわからないというのは大きなリスクです。
ディオンは彼女に、リスクをとっても得るものがあると思わせる新規事業を提案するなり、もしくはかれの技術を評価する他社に売り込むなりし、より周到に立ちまわるべきでした。犯罪まがいのことをして、自分が社会人として抹殺されるような危険を冒す必要もメリットもなかった。しかしかれはとっさの衝動に身を任せてしまうのです。

ディオンをライバル視するマッチョ技術者もそうです。この人も危ない橋を渡りまくり。そもそもマーケティングに失敗したものを(あのヴァンツァーまがいを売り込むなら警察じゃなく軍)あとからあがいて事態が好転するはずもありません。
ディオン背任のいい証拠をつかんだのですから、うまくやれば簡単に追い落とせたでしょうに、自分まで背任行為を行ってばれたらどうなると思っていたのか。ラスト近くのアクションシーンでは脳みそまでマッチョだったのか、とにかく殴れ! たたけ! ぶっつぶせ! とヒャッハーしまくりです。

賢い賢いチャッピーもそう。
“マミー”“メイカー”という存在を、出会って数分で受け入れたのは、愛情や情緒以前のインプリンティングなのかもしれません。説教ばかりのディランやかれを利用しようとするニンジャ・アメリカに比べ、何も要求することなく笑いかけてくれ、遊んでくれるヨーランディを好きになるのも当然で、このあたりまではさほど拙速とも思えません。
しかしかれは、肝心なところでいきなり、成功するか否か、間に合うか間に合わないか、非常に危うい駆けに出ます。
「成功確率は○パーセント……しかし構わない、それしか方法はない」的な、少しでも逡巡する様子があれば、ごく当たり前の平凡なSFになるんでしょうが、それがない。判断が早過ぎるほどに早い。
持って生まれた知能や戦闘能力。
これに対し精神や知性というものは生まれて数日で育つはずもないわけで、そのアンバランスさから来るチャッピーの天真爛漫な残酷さは、なかなかぞっとします。奇橋であり、不気味でもあります。手放しで可愛い可愛いとは言いがたい。
ああこの感じ、「タイガーアンドバニー」のスカイハイの恋以来です。

世界観はリアルなのに展開が非現実的で皮肉なところが現代の寓話と呼ばれる所以なのでしょうが、途中からラストまではほんとうに一気呵成です。
スリリングにして迫力のアクションシーンはとても見応えがありました。

ポスターに騙されました

ポスターではチャッピーはアジトの壁に落書きをしてますけど、そういうシーンはありません。
ニンジャとヨーランディはほんとうにラップグループ、ニンジャとヨーランディが演じていますが、かれらの隠れ家のシーンにはそのアートワークが生かされたそう。つまりあの落書きだらけの可愛い空間はニンジャたちが自ら描いたもの。対してチャッピーの描く絵は今ひとつ可愛くない……

で、ものすごく関係ないのですが途中ニンジャが履いているパンツに、カタカナででっかく「テンション」って書いてあるのが印象的でした。あと、その名のせいか、ニンジャがチャッピーに与える武器のなかには手裏剣やヌンチャクが入ってました。
ところどころこんな感じで日本モチーフ、もしくは東洋モチーフが入るんですけれども、冒頭、ドロイドが発表されたニュース番組のなかでCEOは
「中国製の部品が含まれているが組み立てはヨハネスブルグ」と説明してまして、
「ああ80年代のハリウッド映画なら『日本製の部品』って言ってただろうな」と。ハイテクから妙な異国情緒へ、日本のイメージや占める位置は、とっくに戻ってしまっていたわけですね。
黒い羊は、作中は「皆と姿が異なるもの」という扱いでしたが、キリスト教社会では不吉なもの、群れにおける厄介者というニュアンスがあります。迫害されるべき存在であり、また宗教的には救うべき存在なわけです。そのものずばりの「第9地区」に引き続き、差別問題への関心が窺われます(昔からある童歌の Baa Baa Black Sheep は、現在一部で Baa Baa White Sheep に改変されているそうです)。
6/2追記。テンションについて流れてきたtwを貼りました。
あと、映画を見ているあいだじゅう何度も思い出していた話を、やっぱり書いておこうと思います。

昔出張で大阪のホテルに泊まった時、枕元に聖書とともに、仏教説話の本がありました。聖書は聖書勉強会に通っていた時期もあり一通り読んでいるので、その時は仏教説話のほうに手が出ました。そしたらこれがカオスで面白かった。今となっては本のタイトルも、泊まったホテル名すら思い出せなくて残念なのですが、何の教養もない一般人に仏教を説くため、かなりエンターテイメントな感じになっており、インドだか中国だかよくわからない異国情緒も盛り込まれていて、つい一気読みしてしまいました。
で、そのなかに、割合単純なストーリーの短い話があったわけです。

一人の男が旅をしていました。一人旅といえば当時、警戒すべきは盗賊。かれも注意していたわりにはあやしい一味に襲われてしまいます。
とっさに逃れた男は、集落から外れたある建物(詳しくは忘れましたがお寺のお堂のようなもの)に逃げ込みます。そこは死屍累々の恐ろしい場所で、盗賊たちが殺した被害者を投げ捨てている場所でもありました。これでは飛んで火に入る夏の虫。案の定追いついた盗賊に捕らえられ、腕を切り落とされてしまいます。
すると男は死に物狂いに相手を振りほどき、亡者の山の中から比較的使えそうな腕を拾って自分に縫いつけ、もがいて賊を撃退。
しかし賊はまた襲いかかってきて男の脚を切り取ります。男は相手を振りほどき亡者の山の中から以下略。
しかし賊はまた襲いかかってきて……男は相手を振りほどき……
また襲いかかってきて…また振りほどき…
夜を徹して狭いお堂のなかで展開され続けるこのどたばた。
夜明けも近づいた頃には、もう男のオリジナル部分はほとんどない状態になってしまいました。
男はふと考えます。

「わしは(確かわしって書いてあった)まだ、わしなのだろうか。それともとっくにわしではない者になっているのだろうか。だとすれば一体いつから、わしはわしでなくなったのだろうか」

結局男が助かったのか盗賊が勝ったのか、結末を忘れてしまったのですが、いい感じにそこら中にパーツが落ちているんでこんなことに。一応、人格とか魂とかを担保するものはなんなのか、と考えさせるお話で、しかもそこに至るまでがめちゃくちゃグロテスクかつスラップスティックなアクションたっぷりで、そのあたりが、「チャッピー」に似てるなと思っていたのかもしれません。
6/7追記。それ観たかったな!
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2015.05.31 07:58 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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