LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。


Mission Bell with Sweetheart Roses / tinyfroglet


というわけで庭に薔薇でも植えたいなあと無謀にも思ってみたりする今日このごろです。素人なので恐れ多いのですが、ボウケンブルーが解説する園芸番組を観ていると簡単そうにも思ったり。

薔薇という花はよくミステリのタイトルにもなりますね。暗闇の薔薇、アイルランドの薔薇、名探偵に薔薇を。大好きなブランドの、本邦初訳と聞いて、走って買いました。そして夏の修羅場には手が出せず、今頃読み終えました……。

薔薇の輪(創元推理文庫)
クリスチアナ・ブランド著


女優、エステラ・ドヴィーニュ。淡く柔らかな金髪、天使のごとく繊細で愛らしい容姿。彼女はイギリスの芸能界では悲劇の人、美談の人としてその名を博し、その人気を確立してきました。
アメリカでの下積み時代、まだ世間知らずな少女だった時代に間違った相手と結婚し、以後、夫の卑劣な暴力にさらされ続けてきたこと。
身ごもった子供もその暴力のために生まれつきの障害を持って生まれることになったこと。
その子を守るため、そして自分の人生をやりなおすために、夫と別れ、イギリスへ逃げてきたこと。
彼女の半生はマスコミで紹介され、生まれてきた娘・ドロレス――プライバシー保護のため、新聞などではただ、<あの子(スイートハート)>と呼ばれる――との愛情に満ちた生活を綴るコラムは全英を魅了し、そしてエステラは人気女優への道を歩み始めたのです。

一度注目を集めれば、何より彼女の美しさは奇跡的なものであり、女優に不可欠な演技力については頼りないものの、そこは彼女の秘書にして同じく女優志願だったバニー・ポールのアドバイスもあって、エステラは確実に、一つひとつの仕事をものにしてきました。
もう少し、あともう少しで、彼女は押しも押されぬスターとなる。それまでは悲劇の人、美談の人としての芝居を、続けなければならない――たとえ何が起こっても。

新聞記者にテレビプロデューサー、生き馬の目を抜くロンドンの芸能界と、そして娘に安定した心穏やかな生活を送らせるためののどかなウェールズの農場と。対象的な2つの世界。
やがて彼女たちの綱渡りの生活を脅かす、できごとが起こります。エステラの前夫、実はアメリカのマフィア(このことは注意深くマスコミには伏せられています)であるアルが、ついに釈放され、これまで支払った養育費の成果を見たい、と言ってきたのです。
エステラとバニーが描いた美談によって、人々は、とくにアルは、エステラによく似た美貌を持つ愛らしい、不幸な少女を思い描いています。
実際には異様に醜く、精神遅滞もあり、また外界の刺激に敏感でひどく怯えたりヒステリーになったりする気難しいドロレス。
決して魅力的とはいえないその現状を目にして、前夫がどれだけ激高するかと心配を口にするエステラ、バニー。よく知らない人に面会するということは、あの子には途方も無いストレスなのだと。果たして彼女たちの心配は実現し――。

美貌こそないもののその演技力、その機転でエステラにまともな演技をさせ、様々な美談を演出してスターダムに乗せ、今や彼女とは一蓮托生でもある秘書・バニー。
彼女のことを芸能界では操り師、などと呼んでいて、もちろん操られるエステラが人形なわけですが、エステラ自身もバニーがいなければ自分は何もできなかったし今も場末のレビューで脚をあげているだろうと感謝しています。
まるで2人で1人とでもいうような、この度を超えた依存関係に、「累」というマンガを連想しました。
やがて起こるカタストロフィー。嵐の夜、前夫・アルは心臓発作で死亡し、その部下・エルクは銃殺され、可哀想なあの子は姿を消し。

捜査に乗り出すのはウェールズのトゥム・チャッキー警部。のんびりと穏やかな、人間らしいかれの生活。田舎のおかみさんらしい大らかさと気丈さが好ましいかれの妻・カティンカ。
しかしながらかれらも、実は見たままの人物ではありません。

前夫と娘との面会のため、ロンドンからウェールズまで案内し、立会を務めたエステラや、日頃からウェールズの農場に滞在し、ロンドンから離れられない母に代わってあの子の世話をしているローナとビルのキング夫妻。惨事を聞きつけロンドンから農場へ急行したバニー。
電話が通じなくなったために、かれらの連絡網の仲介を務めた懇意の新聞記者・ジョニー。

嵐の夜の暗闇のなか、かれらが何を見、何を聞いたか、あやふやで、微妙に食い違うその証言を根気強く聞き返し、いくつもの仮説を立てては惜しげもなく壊し、を繰り返していくチャッキー警部がお見事です。

わたしは高校時代、運動会の運営を行うために「机上運動会」といって机の上にトラックの略図を描き、その上を
「何時何分、生徒入場」などとプログラムにそって生徒に模したコマを動かすという予行演習をやったのですが、本書を読んでいるあいだじゅう、何度もその机上運動会のことを思い出していました。たぶん頭のなかにウェールズの地図を描き、
「何時何分、アルが居間で発作を起こして――」などと登場人物が言うたびに、その上でコマを動かそうとして、うまくできなかったからこその、この連想なのでしょう(結局その辺の紙に図を描いてしまいました)。

ICレコーダーも地図も何もない、ただ耳で聞いた関係者の証言だけで、仮説を組み立てるチャッキー警部。田舎刑事と侮った犯人はやがてその証言の矛盾を突かれて追い込まれ、最後には大胆なあぶり出しによってその命運を絶たれることになるのです。

ラストシーンも見事で、今まで室内で対決していたチャッキー警部と容疑者が、ここで初めて
・遥か彼方の峡谷までポニーに乗って失踪したスイートハートを捜索に行く容疑者一行と
・(ちょっと電話を使わせてもらうために)農場に残るチャッキー警部
とに別れます。遥かな距離を隔てて、しかしお互いの動向が双眼鏡越しに“見える”状態で。
農場で何が起こったか、そして峡谷で何が起こったか。
このスケール感がまた、ほんとうに素晴らしかった。

このところ立て続けにBBCドラマ「SHERLOCK」を観ているのですが(これも今頃!)、コナン・ドイルの生み出したシャーロック・ホームズという名探偵の雛形には、執筆の時期にもかかわらず実に現代的な感覚があるなと今更ながらに感じています。
人物造形にはエキセントリックな点もありますが、事件があれば
・まず、当時の科学技術で可能な限りの物的証拠を収集・分析し
・その結果に基づいて様々な仮説を立案し、さらに新たな証拠証言を以て篩にかけ、
・最後に残った仮説こそが真実であると立証する
この推理の流れにはまったく文句のつけようがありません。この展開を、すさまじいスピードで行うために明察神のごとし、という印象を与えますが、実はしっかりと地に足のついた、科学的なスタイルを維持しているシャーロック・ホームズ。
自身、捜査技術の向上のため煙草の灰を分析したり、香水の論文を書いたり、自宅を死体農場化したり(死体の腐敗や血液凝固過程などを自宅で観察していてハドソン夫人やワトソンに嫌がられる)と非常に研究熱心でもあり、もし現代社会に生まれ変わったら探偵より科捜研とか検死局とかのほうを好むんじゃないかなあと思ったり。

それに対し、一方にはまた、この「薔薇の話」のようなタイプのミステリもあります。
物語の中であまり物的証拠を重視せず――というと語弊があるのですが、霧や暗闇、遠目といったハンディをつけて目撃者の証言をあいまいにしたり、時代背景のために死亡時刻の割り出しに幅があることにして2つの事件の前後関係をあいまいにしたり、事件を遠い過去のことにしたりして――その代わり容疑者を限定し、彼らの行動には矛盾や気まぐれなどがないものとし、主にそれぞれの証言だけからいくつもの推論を組み立てていく、要は事件を可能な限り単純化し、パズル化していくタイプ。
純粋論理、そのきらびやかさにめまいすら感じる、推理のアクロバットなどと呼ばれるタイプ。
「9マイルは遠すぎる」などのパズラー、安楽椅子探偵もの。
物証があまりないためにどんどん違う仮説が立っていき、これが正解とにわかに定めがたいところをうまく立証する老獪さ。
わたしはやっぱりこちらのほうが好きなのかもなあと、ブランドを読んでいると思ってしまいます。

だってもし今、この「薔薇の輪」事件が起こったら、交差点の監視カメラ映像で一発解決じゃないかなあ。あと、担当刑事が捜査令状を取って一斉捜索すれば文字通り一件の終わり。
能ある鷹が爪を隠しまくるチャッキー警部の話を、もっと読みたくなりました。

タイトルの薔薇とはスイートハートという品種のことで、農場のドロレス=スイートハートの部屋の窓辺には、ファンから贈られたこの花が植えられているのです。
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2015.10.02 19:37 | read or die 近視de乱視 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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