LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

第2期の掉尾を飾るのもやはり宿敵、ジム・モリアーティとの対決です。ライヘンバッハの滝とはスイスの名勝であり、シャーロック・ホームズ最後の事件(短編「The Final Problem」)の舞台。そこでモリアーティと対決し、もみ合ったまま滝壺めがけ真っ逆さまに落下したのを最後に、この探偵は、かれを知る人々の前から姿を消したのです。
聖典でのこの流れを模してか、ジム・モリアーティはシャーロックの墜落を期し、高いビルの屋上で、2人きりの対決を画策するのですが――。

ターナー

イギリスを代表する画家、ターナーの「ライヘンバッハの滝」(水彩/ヒギンズ・アートギャラリーアンドミュージアム所蔵)。
実在するこの名画の、盗難事件を解決したことを機に、マスコミがシャーロックにつけた呼び名が邦題の「ライヘンバッハ・ヒーロー Reichenbach Hero」。ぼくは英雄じゃない、とあんなに言っていたのに、英雄に祭り上げられ、マスコミの寵児となったシャーロックの、社会的な失墜、及び物理的な墜落が描かれます。
「何があったの?」
「それを聞くのか?」
ほぼ一年半ぶりに、セラピストの元を訪ねたジョン。その理由を口にするのは、ジョンには抵抗がありました。みんなニュースで知っているはずなのに。
「ええ……でも、あなたはそれを言葉にしたほうがいいわ」
既に治療は始まっているのだと、観念したジョン。口にした後、すすり泣きを始めます。
「シャーロック・ホームズ……ぼくの親友……が、死んだ」
衝撃的な、しかしタイトルからその先を想像している視聴者にとっては想定内のスタート。

「きみはぼくだ」
「ぼくはきみだ」
クライマックスシーンのこの台詞に象徴されるように、このエピソードではシャーロックとモリアーティを並べ、対比させる絵がしばしば見られました。どちらも人間の悪に関する専門家、犯罪の天才。その優秀な頭脳をおのれの退屈解消のためにのみ用い、それを愚鈍な、何も気づかない人々に対して示さずにいられない、高等遊民。
自分こそが相手を、この世で最も理解できる存在だという確信。

「――だがきみは天使の側にいる。つまらない」
「大いなるゲーム」の時点ではこの「SHERLOCK」でのモリアーティのことを、単にコンプレックスと自己顕示欲の持ち主と思ってみていました(「SHERLOCK」では聖典に比べ、どの登場人物も現代風というか乱暴にいうと子供っぽくつくられています)が、本シリーズのモリアーティの、シャーロックへの執着の深さが異常です。

「ピンク色の研究」では連続自殺事件を犯罪と見ぬいた探偵にちょっかいを出してみてしてやられ、
「死を呼ぶ暗号」では直接関わりはなかったもののせっかくプロデュースした密輸ビジネスがシャーロックに阻まれ損切りせずを得なくなり、
「大いなるゲーム」では正面からゲームを挑んでその手応えに満足しつつ、最終的には自分の勝ちも味わうことができた。
「ベルグレーヴィアの醜聞」ではシャーロックを利用し、有用な情報を得ることができた。しかしかれと情報源とのつながりを逆手にとられ(おそらくはそのせいで収監され)ることにもなった。

一進一退のゲームを続けるなかで、かれはもはやシャーロックなくして退屈から逃れることができないほどに魅了されてしまったのかなあと思います。もしかしたらそれ以前の、ジョンが書き綴っていない事件でも、何度となくシャーロックは、知らずにモリアーティに接触していたのかも。まだ10代の、学生だった頃から。
自らを孤高の存在としながら、ほんとうは孤独から救われたかったのか、言葉通りの意味で退屈で死にそうになっていたのを救ってくれた、お気に入りのおもちゃのように思っているのか。
「バスカヴィルの犬」ラストでは政府と取引をして釈放されたモリアーティでしたが、その独房の壁は「シャーロック」という落書きで埋め尽くされていました。
そして今回、宿命の対決の行方は――。

名画「ライヘンバッハの滝」の奪還をはじめ、立て続けに大事件を解決したシャーロック。その一部始終を読み物にまとめたジョンのブログのはたらきもあり、一躍有名人、マスコミの寵児となっていきます。加えてヤードの諸氏からも、すっかりかれのトレードマークとなったディアストーカーのプレゼントあり。
べつにそんなことで有頂天になるかれではありませんが、
「マスコミは上げればあとは落とすだけだ」というジョンの警告には不吉な予感を抱いたらしいシャーロック。
おまけに、まるで秘書のようにつき従い、式典では笑顔を見せろ、プレゼントには礼を言え、とジョンに躾けられることは、相当なストレスとなっているようです。秘書と言いましたがどちらかというと幼児に対する保護者。ジョンからすれば、シャーロックの八方破れなライフスタイルを人目に晒すわけにはいかないと常識的に判断しているのでしょうが。
シャーロックの人生とは切っても切れない“危険”。それを目の当たりにしてもたじろがず、むしろ好んで冒険に参加してくるジョンは孤独だったシャーロックの唯一友となり得た男。
聖典でもジョン・ワトソンは頼もしい男でしたが、そこには名探偵の卓越した能力への尊敬とともに、その正義感に共鳴したがゆえの忠誠心がありました。とてもわかりやすい友情でした。しかしこのドラマでは、ジョン自身にも、危険の中にこそ生きがいを感じる危うさがあったように思います。今ではすっかり落ち着いたんだなあとドラマスタート時からの関係性の変化を感じたり。

そんななか、また一つ、新たな事件が起こります。

奇妙な事件です。
ロンドンでもっとも警備の厳しい場所といえばロンドン塔の宝物館(観光客向けに王室ゆかりの宝物を展示)、イングランド銀行の金庫室、そしてペントンヴィル刑務所。これらのセキュリティを、スマホ1つで瞬時に、というよりほぼ同時に破ってみせたのは釈放されたばかりのモリアーティ。可愛らしいアイコンを指で触れれば、それだけでかれの命令は電子の海を潜り抜け、そこにあるドアを明けてみせる。
そんな荒業をやってのけた上で、モリアーティのしたことは、監視カメラの前で王冠のガラスケースに
「Get Sherlock」と落書きし、しかるのち、消火器を抱えて乱暴に打ち破っただけ。映像的にはダイナミックで魅力的なアクションでしたが、でもそれだけ。あとは悠然と中の玉座に腰かけ、王冠を自らの頭にいただき、警官が踏み入るのを待っていました。

とらえたはしたものの、犯人の目的はなんだったのか。そもそもジム・モリアーティとはどういう人物か。

鑑定人として公判での証言を求められたシャーロック。ここでも裁判所に向かう道でジョンに
「みんな言ってるだろ、余計なことは喋るなよ。できるところをひけらかすな」と注意され、
「知的であることがだめだっていうのか」と聞き返しています。知性を有していることがだめなんじゃなくてそれをひけらかすのがアウトなのですがわからない。シャーロックに匹敵する知性を持たない大多数の人々の中には、バカにされたと解釈し、勝手に感情を害する者が少なからず存在するということが、かれにはわからない。人からどう見られるかと気にしたことのない、シャーロックのような人は
「あんたバカァ?」と相手を積極的に罵倒したり皮肉ったりすることだけが、“人をバカにする”ことだと思っています。自分は誰も侮辱していないのにと心外に思うわけです。

果たしてジョンの心配した通り。裁判官に
「数分だけの面談だけで被告の何を理解しているのか」と問われむきになったシャーロックは、その観察眼の確かさを証明し始め、制止されてもやめなかったため、法廷侮辱罪でモリアーティの隣の部屋に拘束されます。
証言台に立つ寸前に、下司な新聞記者に出会ってしまったせいもあるでしょうが堪え性がなさすぎ。まあ、ジョンも心配なら想定問答のトレーニングでもさせておいたらと思うのですが。

モリアーティの目的は、ディスプレイ。
あらゆる扉を瞬時に解錠し得る“鍵”を持っていると犯罪者たちにアピールし、そしてその“鍵”はシャーロックにあると示すことが第一義。
もう一つ、裁判という人々の耳目を集める場を利用して、シャーロックと自分との間にはある関係があることを広く世間に知らしめ、同時に探偵の、控えめに言って社交的でない性格を暴露して、悪印象を持たせること。
それさえ果たせば用はない。その後はさくさく陪審員たちを脅し、スピード判決で無罪を勝ち取るモリアーティ。

無罪を知らされたシャーロックは驚きません。さもあらんという顔で独り、フラットでお茶の用意を始めます。
たぶんほんの数分の作業なのですが、まるで茶会の準備とでもいうような、丹念な描写。2人っきりの会見への、シャーロックの内心の緊張を示すような。
果たして、予め約束でもしていたかのような顔で現れるモリアーティ。
ここで丁々発止の会話を楽しみつつ、お互いの共通点の多さを改めて感じる2人。
「きみには滝の借りがあるからね。借りを返さなきゃ」
「何がしたい?」
「ぼく? ぼくは問題を解決したいだけだ。ぼくらの、最後の問題(「シャーロック・ホームズ最後の事件」の原題、The final problem)――」
モリアーティのメッセージはシンプルです。宣戦布告。
再びかれがゲームをしかけてきていると悟るシャーロック。

「滝」を示すfallを用い、脅すモリアーティですがドラマ上、この2人に滝は関わってこないので、聖典の「最後の事件」の滝にひっかけただけで、単に「落下」と訳すほうが正しいのかと思いますが、モリアーティがいつ落下したのかぴんとこないのでそのままにしてあります。まさか前回収監されたことを言っている?

一方、例の沈黙クラブでマイクロフトと会うジョン。最近ベイカー街に引っ越してきた著名な殺し屋たち3組の写真を見せられます。モリアーティの関与を訴え、シャーロックへの保護を求めるジョンに対し、マイクロフトは兄弟間の確執を口にし、
「弟にはきみが気をつけてやってほしい――もし差し支えなければ」と頼みます。
新しい隣人たちは、そうはいっても結構友好的だったんですけどね。

紅い封蝋をほどこされた封筒を受け取るジョン。中身はパンくず (ヘンゼルとグレーテルが、家に帰り着く道を忘れないようぽろぽろとパンくずをこぼしながら森の奥へ進んだことから、おそらくは迷子防止のヒントの意)。

そんななか、レストレードから持ち込まれた、ある誘拐事件。長期休暇に入ったばかりの学校の寄宿舎から、まだ帰省していなかった2人の生徒が消えたというもので、こんな単純なことにと不満気なシャーロックですが、レストレードが言うには、高名な探偵に是非お願いしたいと地位ある親が要望した模様です。いきなり、警察の面子的にきつい状況ですね。
到着するなり、寮母を脅しつけるシャーロック。かれとしては合理的な手段なのでしょうが、これもその傍若無人さで周囲に悪印象を与えるのに十分です。
「犯人は帰省する我が子を迎えに来た保護者でごった返すなか悠々と侵入し、どこかに隠れて夜を待った」
手口がわかれば、あとは子供の監禁場所を探るだけ。足跡を採取し、そこから得られた物質を分析、警察の捜査をさしおいてホームレスネットワークを用い、瞬時に求める場所を突き止めます。
土質の分布と植物の分布を重ねあわせ、建物の素材とチョコレート、で絞り込んでいくシーンは見どころがあり、レストレードの“1人CSI”呼ばわりがぴったりなのですが、これもやはり警察としては面子を潰された、と感じる事態ですし、見事すぎて足跡からそこまでわかるのか? と疑念を抱いてしまうのは、凡人の社会では当然あり得る流れです。
救出された子供への面会を求めるシャーロック。ショックが大きく警察もじゅうぶんな証言が得られていないのに、自信満々乗り込むところがまた悪印象です。果たして、シャーロックの顔を見るなり恐怖に怯え、悲鳴を上げる子供。

ここでなぜ子供が悲鳴を上げたのか、の説明はなかったと思います。
モリアーティが何かしこんでおいたのか、それとも単に、子供の精神状態がキャパシティオーバーになったのか。
ぎょっとして顔を上げるシャーロック。その目に飛び込む、「IOU(I owe you――きみには借りがある)」のメッセージ。

病室から追い出されたシャーロックはタクシーを拾います。
考え事に邪魔な車載テレビを消してほしいと運転手に訴えますがテレビは消されないまま。くだらない通販番組――が、一転、モリアーティの声が流れ始め、思わず注視してしまうシャーロック。
「おとぎ話の始まり始まり」と、まるで子供に向けたような語り口。円卓の騎士物語になぞらえ、ある優れた騎士、“なんでも自慢したがり”卿が周囲の疑心によって追いつめられていくという寓話。

‘Are Sir Boast-a-lot’s stories even true?’

わざわざこんな映像作ったんですねモリアーティ。ノリノリです。

***

同じ頃、子供がシャーロックを見て悲鳴を上げた、という事実から、シャーロックに対し決定的な疑念を持ってしまったドノヴァンが、レストレードに訴えています。
今回の事件は、シャーロックの自作自演ではないかと。ならばあのスピード解決も意味が通ると。
戸惑うレストレード。シャーロックとのつきあいがジョンよりも長いかれには、受けつけられない理屈です。シャーロックの力を何度となく見せつけられ、外国の警察にも
「シャーロックという男が行くから、5分でいいから現場を見せてやれ。話を聞けばぶん殴りたくなる男だが、そこをこらえて耳を貸してやってくれ」と電話して便宜を図るくらい、信用してきたのです。かれの能力は既にじゅうぶんなほど証明されており、今さら自作自演する必要はないだろうと首を傾げるレストレード。
「だから今までの事件もすべて自作自演だったのでは」
「無罪なら調べればわかることだ、はっきりさせるためにも調べさせてほしい」
やがてドノヴァンに味方する他の刑事も出てきて、抑えられなくなってきます。ついに警視正にまでその訴えは届き――。

そして逮捕されるシャーロック。かけられる手錠はマスコミへのサービスのため。
「おとなしく協力しているのにやり過ぎだ」と抗議するジョンに、レストレードも困惑の表情で応えるのが萌えでした。
ならばとシャーロックを罵る警視正をぶんなぐって手っ取り早く逮捕されるジョン。そして文字通り、手に手をとって逃げ出すのですが、手錠で逃げにくいシャーロックが
「手をとれ!」とジョンに言い、
「見られたらまた何か言われる!」と文句を言いつつ応じるジョン。
エピソード3ではシャーロックがいろいろな人の手を握る(感謝の握手とか)描写がありますが、かれの手を握ったあと生きている男性はジョンだけなので、その意味で趣深いシーンです。

逃亡者であるかれらが潜り込んだのは、裁判所で会った、下司な記者、キティの家。今なら単独インタビューに答えてもいいと申し出るシャーロックに、なぜかキティは飛びつきません。
キティがつかんだスクープとは、ジム・モリアーティの正体。本名リッチ・ブルック(実はライヘンバッハ=豊かな小川=の英語読みで、これもフェイクだというヒント)。
若く、売れない役者だったかれはシャーロックに雇われ、悪の天才、ジム・モリアーティ役を演ずることになったと。
すべてはシャーロックが自作自演する茶番だったのだと。
翌日からシャーロックの作られた名声を暴くキャンペーンが始まるだろうと予告し、
「だから言ったのよ、協力する記者があなたには必要だって」と笑うキティ。

恐ろしいナンセンスを聞かされ愕然とするシャーロックとジョン。しかし自ら功名心にかられどんな記事でも書くキティからすると、名声の獲得のために嘘をつく人々の心理は、とても理解しやすいものなのです。金銭欲も名誉欲も自己肯定欲すらない、貧乏でも人に嫌われても何の痛痒も感じず、ただ退屈を紛らわす面白い事件に飢えているだけのシャーロックに、
「高名になりたい」と思う動機などひとかけらもないのですが、キティにはそんな人間がいることのほうが信じがたい。
人は自分のものさしで他人を図り、自分のロジックで他人を説明してしまうわけで、これはキティを選んだモリアーティが賢かったのです。

ダメ押しにその場へ現れたモリアーティ。キティと同棲しているらしく、以前モリーを籠絡しかけていましたが、この人、相手の女性が好ましいと思う態度を演ずるのがうまいのかもしれません。今はラフな服装、教養のない言葉づかいと気弱な態度で、若く売れない、役者の恋人という役柄を演じているのです。
「バラしてしまってわるかったけど……」
「わるいなんて思う必要ないわよ! 逃げて、ジム」
シャーロックの欺瞞を告発し、虐げられたモリアーティを救うのは社会正義なのだと、モリアーティを逃がすキティ。

かくして追い詰められ、今度はモリーに助けを求めに行くシャーロック。
「きみが必要だ」と口説く必死の形相。
堕ちた偶像となり、一転して人々の憎悪を受けることになっても、それだけならシャーロックには大した痛手ではありません。しかし今回逮捕されてしまったように、過去の事件までいちいち検証され、行動の自由がなくなるのは困りものです。
また、ここまでする相手が、攻撃をここで止めるとも思えないわけで……モリーの協力が必要になる理由を、裏読みしてしまうシーンです。

しかし、ここまでエピソードを重ねてくることで、モリーという人物の深みが感じられるようになりましたね。
はじめはただ、シャーロックの知性に恋焦がれているだけの、でも自分に自信がもてず、有効なアプローチがとれない、不器用な女性。それでも髪型や化粧を変えれば即座に気づき(女心には疎くとも観察眼だけはすごいので)、
「前の方がいい」だの、
「今度のは似合う」だの正直に言ってくれるかれを、思い切ることができず。その繊細な心情を綴ったブログに、親切なコメントを寄せてくれた男性、ジムと交際をはじめるというつまづきもありました。
アイリーン・アドラーやジョンに対するシャーロックの態度を目の当たりにして、モリーは徐々に、シャーロックとの恋を諦めようとしてきたのかもしれません。シャーロックの大切な人に、自分がなることはない。自分は数ならぬ身、シャーロックから見られることなく、ただそばでシャーロックを見ているだけの存在、それが自分であると。

当初のうじうじした態度がなくなり、気づいてみれば誠実で思いやり深く、そして観察眼の確かな女性となったモリー。

ハドソン夫人が撃たれた、という偽のメッセージで、急遽ベイカー街へ急行するジョン。
そのジョンとは別行動で、ただ1人モリアーティと対決するシャーロック。呼びだされたのは聖バーソロミュー病院の屋上。

ゲームで賭けるのは、シャーロックの命。正確には、
「飛び降りなければきみの大切な人が死ぬ」と脅し、シャーロックが我が身可愛さにジョンを切り捨てることを、期待していたようなふしのあるモリアーティ。
ここでシャーロックが他の人々の死を選ばないのは、正義のヒーローであればごく自然な流れなのですが、当の本人が既に正義のヒーローであることを否定していますので、なんだかすごく壮大な三角関係を見せられているような気になりました(けどキニシナイ)。

新しく引っ越してきた殺し屋たちが、シャーロックを狙わない理由。
マイクロフトがモリアーティに便宜を図る理由。
それはモリアーティの持つ、あらゆるドアを開く魔法の鍵、セキュリティ解除の電子コード。

それが最後の問題だと推理するシャーロック。否定し勝ち誇るモリアーティ。
「きみはぼくと同じだ。だが、きみは天使の側にいる。つまらないよ」
「天使の側にいるからといって、ぼくまで天使だと思うな」
自分は犯罪者を告発しているだけで正義のヒーローではない、お前と戦うのに有効ならどんな手でも使うぞ、甘く見るな、という警告なんでしょうが、モリアーティはせせら笑うだけです。
「ゲームは終わりだ、そろそろ飛び降りてもらおう」と宣言するモリアーティ、その言葉の端々から、また新たな推理の緒を見出し粘るシャーロック。
互いが互いの鏡像のような2人。息詰まる攻防。
そして――シャーロックが見事正解にたどりついたその瞬間、敗北を悟り、しかし自分にはまだシャーロックの希望を打ち砕く手があると気づいて、笑顔で自分の頭を撃ちぬくモリアーティ。

絶体絶命のシャーロック。勝負する相手が死んでしまったということは、
「シャーロックが飛び降りなければジョンが死ぬ」というゲームのルールが、永久に解除されないということです。
そこへ、騙されたと知って慌てて戻ってきたジョン。ビルの屋上と、その前の路上とで、携帯を通じかわされる会話というのは確かに、現代劇ならではのシーン。
やむなく、
「すべては自分の欺瞞だった、事件は自作自演、モリアーティは自分が頼んだ役者」だと、筋書き通りの告白をするシャーロックに対し、当然ながら一切信じようとはしないジョン。
自分が人質に取られているとは知らず、逆に説得しようとするわけですが、ここでシャーロックに飛び降りないという選択肢はないのです。
ジョンの目の前で、高い屋上から、まっすぐに墜落していくシャーロック。
慌てて落下点までかけつけようとし、横合いから飛び出した自転車とぶつかって、路上に倒れてしまうジョン。
やがてよろよろと立ち上がり、人だかりのなかを
「自分は医者だ」と近づいていきますが、そこで、頭部から出血した死体を目撃し、失神してしまいます。

***

ハドソン夫人と、まるで家族であるように、葬式に出席するジョン。

***

そしてさらに時が経ち、シャーロックの墓前に佇むジョン。
「ぼくは孤独だった。そこから救ってくれたきみには借りがある。感謝している……なあ、もう一つ、たった一つだけ、頼みがあるんだ……もう一度、ぼくのために奇跡を起こしてくれないか? きみが……死ぬなんて……だめだ。頼むよ、こんなことはもうやめてくれ!」

訴え、しばらく待ってみても、応えはありません。悄然と立ち去っていくジョン――そして、それを樹々の茂みの向こうから、見送っている、シャーロック!

ということでたぶん、モリーの力でモルグの死体を一つ、偽装に使わせてもらったんでしょう(場所もモルグの真ん前ですし「ベルグレーヴィアの醜聞」というヒントもあるし)けど、秘密を守るモリーもこのあと辛いでしょう。
ジョンもつらすぎてベイカー街の部屋を出て行っているというしカウンセリング再開してるし。
あと、今回の事件はある意味マイクロフトのせいとジョンが責めるシーンがあり、シャーロックが手柄を立てる度に
「ナイトの称号を得たっておかしくない」と喜んでいたお兄ちゃんとしても、悔いることの多い結末だったでしょう。
ハドソン夫人は(たぶん)我が子のように世話を焼いていた店子を失ってしまいました。
大切な人々に大ダメージを与えてしまったわけで、願わくばシャーロックがちゃんとフォローしてくれていることを、シリーズ3には期待しています。とすでに放映が終わり、4がスタートしようかという今頃言っても間が抜けているのですが初見だから仕方ないのです。
I owe you.と、モリアーティと同じ言葉を、まったく違う意味で口にするジョン。
このエピソードでは、シャーロックに対するモリアーティと、シャーロックに対するジョンとの対比も描かれていました。
シャーロックから手を取ることを求められるジョン(その後生きてる)。
殺し屋たちがシャーロックと握手るのを妨げるように撃ち殺し、自分もまた、シャーロックに握手を求め、応えてもらった後、自殺するモリアーティ。

「推理の科学」を読んでいると、ベイカー街へ移り住む直前のシャーロックが
「依頼したい方は連絡先が変わるので待ってください。大家から追い出されそう」と書いたのに対し、
「うちへくればいい、一緒に暮らせれば最高だ」と匿名の人物がコメントをつけています。これがモリアーティだという説があるのですが、「大いなるゲーム」やこの「ライヘンバッハ・ヒーロー」で
「普通の人って可愛いよね」とジョンのことをペット扱いにし、2人の対等性やその友情を否定するモリアーティに、わたしもそう感じました。シャーロックと真に理解し合えるのは自分だけ、と信じたからこその言動。かれもジョン同様シャーロックによって孤独から救われ、感謝の現れとして
「I owe you.」と言っていたのかも、しれません。

で、映画「キングスマン」の登場人物が、相手の死を確かめずに
「頭を撃てば、普通死ぬでしょ」で済ませてるシーンがあるのですが、この「ライヘンバッハ・ヒーロー」見た時真っ先にそこ思い出しました。ジムはちゃんと死んでるんでしょうか。
あと、かれが今までモリアーティ役を演じていた、役者だったのはほんとうで、その死も演技、という説もあります。死に際のあの表情が圧巻で、演技ならばなぜ売れないのか疑問なくらいですが、でもまあ、さらにその上の黒幕がいる可能性は、確かに否定できませんね。
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2015.10.06 00:32 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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