LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

今頃観てきました。

若く美しく、正義感と活力に満ちた女性&ふだんは世の中に対し斜に構え、怠惰ながらいざというときには頼もしい男性。
バディものとしてはやや類型的ながら、主人公カップルをはじめ個々の登場動物はそれぞれ個性豊かで魅力的でキュート、よくある痛快活劇かと思いきや、「BANANA FISH」ばりの陰謀、緻密な伏線回収の末に登場する意外な真相と、ミステリとして観るとかなり楽しい内容でした。
何よりすべての動物が仲良く平等に暮らしている動物たちの理想郷、ズートピアの設定が面白い。炎熱の砂漠、雪と氷に閉ざされた海、熱帯雨林等々様々な気象条件のエリアが一つの都市に併存している上に、都心部でも小さな動物オンリーの区画があったり、かと思えば列車のような公共性の高い乗り物ではキリンからコネズミまで一つの乗り物で快適に共存できる設計。違反駐車を取り締まったり、連続動物失踪事件の捜査をしたり、ジュディがこの街を縦横に駆け巡る度、その背景として映る景観に目を奪われます(とくに展望車のこのシーンに続く流れは圧巻)。

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ただ、観た方にはおわかりいただけると思うのですが、かなりはっきりと作品テーマが打ち出されていて、その寓意があからさま過ぎる部分は趣味に合いませんでした。そのせいで意外なはずの真犯人がわりと初めのほうでバレバレ、となってしまうから趣味に合わないどころか恨み骨髄。もっとさりげなく騙してほしかった。
若く可愛らしく、
「この世の中をより良くしたい。そのために警官になる」という希望をもって新天地へと飛び込んできたジュディ。
彼女が直面する様々な揶揄やからかい、
「うさぎなんかにできるのか」
「うさぎに任せられる仕事はない」
 という世間の評価。彼女に好意を持つ者ですら、うさぎであるからというだけで彼女の将来を危ぶみ、
「あなたにその職業は向いていない」という暴言を、悪気なく浴びせてきます。
この、職業人としての尊厳を無視されている感じ、ああこれは第一に男女間における差別を表しているのだなと。

さらに、彼女が街で出会うきつねのニックは、口がうまく小狡くて世間知に長け、いかにもこの都会に適応しているようですが、
「きつねは正直ではない」
「だれがきつねなんか信用する?」
「きつね(に限らず肉食獣全般)は凶暴で怖い、その性質はDNAに刻まれている」
 という、自分の努力だけではどうにもできないステレオタイプのゆえに、過去には口輪をはめられるという屈辱も味わい、夢を諦めた経歴の持ち主。口に糊するためだけに働くけちな詐欺師。これは黒人差別、移民差別といった人種差別のメタファだなと。

起こった事件を「草食獣と肉食獣」という対立構造で解釈し、会見を行う捜査官(うさぎのジュディ)の発言を思うように誘導し、差別をよりいっそう煽るマスコミ(羊でしたね)も現実そのままで、元米兵が事件を起こせば即基地問題の是非を問う今の論調と相まって趣深い。


/ Theme Park Tourist


そして、小さく可愛くか弱い者への差別に散々悩まされてきたジュディですらも、不用意に他者を差別し、苦しめてしまうという救いのなさ。物語のクライマックスもまさにこれですが、序盤、
「事件捜査に参加したいのに駐車違反の取り締まりをあてがわれてがっかり」
「副市長とは名ばかりでわたしはかれのセクレタリーなのよ」
「夢破れて田舎に帰り、人参をつくるんだ」
 という部分にもうっすら感じていました。
これもわたしたち人間の社会に普通にありふれている現象で、どうかすると
「差別差別とうるさい。こっちだって差別されているんだ」と受けた傷の大きさを張り合ってみたり、
「弱者が強者に対して行う攻撃は差別ではない、正当な対抗手段だ」というねじ曲がった主張に結びついたり。
一方で、差別や、その根源となる偏見はもちろん悪なんだけど、強者に対する拭い去れない畏怖や警戒心まで偏見と断じていいのだろうかとふと思ったり。

もちろんディズニー映画ですから、後半主人公は自ら正義と信じる行動をとり、自分の失敗は真摯に詫び、最後には苦難を乗り越え、動物間の不要な対立を解決することに成功するわけですが。

それが今ひとつカタルシスにつながらないのは、上記のごとくこのストーリーが「現実あるある」過ぎることと、もう一つは、お話の最後に

教訓:嘘つきは信用されない

みたいな短文が書き添えられているタイプの絵本を、わたしが子供の頃から心底嫌っていたせいだと思います。やっぱりすこし、あからさま過ぎる。
「ファインディング・ニモ」のようにさりげなく差別を扱ったり、「モンスターズ・インク」「モンスターズ・ユニバーシティ」のように叶わなかった夢の眩しさが今を充実させる様を描いたりするピクサーのセンスのほうが、わたしは好きでした。
ただ、救いは、物語冒頭ではきつね全般への偏見をあからさまにし、悪気なく
「うさぎに警官は向いていない」と言っていたジュディの両親が、ジュディの知らないところでかつて娘を虐め、傷つけた乱暴なきつねと和解し、いつの間にか事業においては協力関係さえ結んでいたこと。この地に足の着いた対応と懐の深さ!

あと、蛇足なつっこみですが「ズートピア」実現にはその前提として有史以前からの食糧問題(肉食獣は草食獣を食べなければ生きていけない)が解決される必要があり、その点に触れられてないのはやはり物足りなかった。SFならば設定が命。一緒に観た2号は
「どこかで食用動物が飼育されているはず」と、ミッキーが犬を散歩させていたりキティちゃんが猫を飼っていたりするファンシー界の闇を髣髴とさせるようなことを言うし。
きつねとバディ関係を結ぶアニメ、といえば真っ先に思い出すのは「いかさまキツネ狩り(Out-Foxed 、1949)」。
こちらのきつねは英国紳士。
同日追記。動画プレイヤーのサイズを調整するついでに数行書き足しました。アメリカの“セクレタリー”に対する差別意識の表現って80年代の「ワーキング・ガール」(こちらは子供向けではないのでセクハラ要素も加わってますが)からあまり変わっていませんね。
水牛署長やライオン市長がジュディに詫びてない、差別意識の反省が見えないという感想を昨晩目にしましたが、水牛署長はその後の、ニックへの態度からしても
「とりあえず新入りは疑ってかかる、実績を見せれば信頼する」というかれなりに筋の通った態度で、ひどい言動は警察ものでよくあるブラックユーモアの一種に見えないこともないし、ライオン市長にしてもこれまで
「勝つか負けるか、強いか弱いか」の世界で切った張ったしてきた人にありがちな態度だと思うので、映画に描かれている部分についてはさほど不快にはわたしは感じませんでした。
更に追記。なるほどこの経緯が事実であれば、このちぐはぐさも納得がいくなあ。

名馬であれば馬のうち:『ズートピア』の制作史、および『ズートピア』のテーマは「差別」であるのか?
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2016.05.24 02:10 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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