LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

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いやほんと、連日TLに伏せ字だらけの感想が飛び交い、
「早く語りたいから皆見て!」とか早くも動員数がとか野村萬斎がとか色々聞いているとああこれはブルーレイ待つんじゃなく劇場で見ておくべきかなあという気になり、なんだか焦って行ってしまいました。土曜日からは「ゴースト」だし月末は課題出さなきゃだしこの辺りがラストチャンスかなと。


面白かった。面白かったし、色々なことを感じました。

ネタバレは例によってキニシナイたちなので、同じくキニシナイ方だけ折りたたみ以降をどうぞ。

※小並感あふれるただの感想メモです。
まずあのレトロな字体で「シン・ゴジラ」とタイトルが浮かんだ時におお、とうれしかった。伊福部サウンドが使われているのもうれしい。
導入はサスペンス調。東京湾にプレジャーボートが漂流している、と通報があり、海保がそれらしい船を発見するところから物語が始まります。
「どなたかいらっしゃいますか?」
「残留物発見」
 複数で声をかけながら上がり込んでいく海保隊員。捜査過程を記録するビデオ映像。
しかし中に主の姿はなく、何故か揃えて脱いだ、一足の靴が残されています。
失踪か、海難事故か。海保隊員が首をひねりつつも曳航を決めたその時――。

突如海底より吹き上がる大量の水蒸気。
同時に起こる崩落事故。
時ならぬ異変をスマホに収める対岸の人びと。海底トンネルの崩落現場から楽しげに避難する人びと。Twitterに、ニコ動にあふれる、とうてい読み切れないテキストの奔流。

一体何ごとが起こったのか、この段階ではまったくわかりません。総理にどうレクチャーすべきか、予め情報をかき集め識者に諮ろうとする官僚たち、政治家たち。ありとあらゆる階層で開かれる会議、会議、会議。
飛び交う専門用語、監督のこだわりであるらしい異様な早口演出。
事態をどう把握するか。具体的な対策は。法的根拠はあるのか。様々な議論が噴出し、話が進まなかったり、責任を取ることを嫌がって曖昧な論を立てたりで、初期対応はぐだぐだです。この辺りは舞台が日本ならではという気がします。
このような日本的な意思決定システムは、緊急事態に迅速に対応することは苦手なのです。

一方、各省庁、各委員会の壁を取り払った対策本部が設けられ、呼び集められたはみ出し者たちが主流派となってきたあたりから、「会議」はその特性である粘り強さを見せ始めます。
それぞれの秀逸なアイディアが丹念に拾い集められ、和やかな空気のなか有機的につながっていく。
後述の通り映画の中ではゴジラも進化するけど日本国の「会議」「組織」も進化していくのです。目立ったヒーローが独り戦うのではなく、皆で衆知を集めて
・事態の把握
・到達すべき地点とそこにに至るまでのハードルの洗い出し
・制約条件を解除し、現状を打開する手段の模索
というふうに、効率的、かつ効果的に動き始める。被害の大きさは認識しつつも、それをただ悲しむのでなく、
「被害は残念だ。しかしここで止まる訳にはいかない。ではどうするか?」と淡淡と進んでいく。
こういうドライな作劇は非常に好みです。「プロジェクトX」か「パトレイバー」かという趣。
誰かが萌え映画と言ってましたがスーツや制服のおじさんが好きな方には絶対的におすすめです。泉さんは良いキャラ!

会議の傍ら明らかになってくる危機の全容。
本作のゴジラは(というほどゴジラ映画観てるわけじゃないですが)短期間で環境適応のため己の身体を作り変える特性を持っています。お話の中では進化と言っていましたが、はじめ上陸してきた時はかなり気持ち悪い外見をしていました。ゴジラではなくムトー的役割の怪獣だと思っていたくらい。
深海魚のような目と口。皮膚は柔らかで傷ついた組織片がぼたぼたと落ちるシーンもグロテスク。
「こんな巨大生物は地上ではすぐに自重で崩れてしまう」と専門家が楽観視するのも当然、なのにいつの間にか足腰が強くなり、背筋も伸び、外殻も硬く……しかしこの時はすぐに海に帰ってしまうゴジラ。
「一体何だったのか」
「次は何時上陸してくるか」
関係者たちは安堵する間もありません。
ゴジラが去った後の東京では広範囲にわたり放射性物質が微量ながら検出され、政府はまたも対策に追われ始めます。
その時、アメリカ側からもたらされた、1人の男の名。かつて放射性物質をエネルギー源とする巨大水棲動物の出現を予想し、研究を進めていた科学者がいたと。

実写映画のドラマパートでアニメ的な台詞を聞くとちょっと気恥ずかしい気になったりするわけですが、あの辺りは賛否あるかもしれませんね。
わたしは精神が子供なので、会議以外の部分ではゴジラはまだか? 戦闘シーンはまだか? という気持ちでいっぱいでした。

この映画には色々なフックがあって、たとえばラストの、避難所生活を送る人びとの明るい笑顔から、ゴジラをこれまでわたしたちが経験してきた様々な災厄(天災人災ともに)のメタファとし、そこから何度でも立ち直る人間への賛歌と感じることもできるし、原発や核兵器といった大きすぎる力を人間が扱うことへの畏怖を読みとることもできるのでしょう。歴代ゴジラを観てきた人ならまた、わたしなどには思いもかけない、様々な気づきがあるのでしょう。
前に見たハリウッド版ゴジラと単純に比較しても、今回のゴジラは上陸の理由すらわからない。意思のようなものがあるのかも疑問。災厄そのものというような気さえします。
なのでその辺りは、どのような感じ方、解釈の仕方でも
「好きにしろ」ということなのでしょう。

わたしの場合は
「このような未曾有の事態を日本一国には任せておれない、これは国連マターとすべき」とする諸外国や、
「何が何でも(核兵器を投下してでも)早期解決を」と迫る米国といった様々な思惑のなかで、当事者なのに自己決定権のない、この日本の立ち位置が非常に好みで、そのなかでなんとか切り抜けられないかと知恵を絞る、主人公たちの粘りが好ましく、楽しかった。
またゴジラの強さと、それによる被害が超弩級で、怖い絵もいろいろ散りばめられており、単純に娯楽映画として観るなら、「ツイスター」や「バトルシップ」、「第9地区」あたりで感じる、
「ガーッと来てゴーッとなっておおーっと思った」的な、よくわけのわからない爽快感もありまして、それに対し日本側が編み出したあのヤシオリ(八塩折とはスサノオがヤマタノオロチに呑ませた酒の名です)作戦の地味さがまたなんとも言えず。
ここ、絶妙なバランスだと思うのです。地味と書きましたが悪口じゃありません。すごく好き。

また、名作だ文学だ、と誉める方もいらっしゃって、わたしはそういう形容はもっと横綱相撲的な作品に合うと思っていましたけど、言われてみれば確かにそのように読むこともできる。この事態の大きさに対して登場人物たちのこのドライさ、被害感情の薄さ。確かに出色の映画だと思います。

「フックがいっぱいある」例


tg:「シン・ゴジラ」の感想を集めてみた(ネタバレあり、見てない人にはないしょ)

 上に貼ったtwとかぶる部分がありますが、いろんな人が「衣装が」「ビルが」「カヨコの英語が」といろんなことを言っていて、観る人ごとのゴジラがあるなあという、気づきたっぷりのとぎゃったです。事務方メインながら、いろんなクラスタの人が喜んでますよねだいたい。
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2016.08.05 03:17 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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