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雨が降ったり止んだりしながら、だんだんと夜が涼しくなってきたなあという今日このごろ。
北朝鮮からの3度目のミサイルが太平洋上に落下したとか、自由とポリティカル・コレクトネスの国アメリカの、ジゴクノカマノフタが開いたとか(パンドラの箱というようなしゃれた感じじゃないですからね)、物騒なニュースのなかでふと再読したくなった本。
↓は、この記事を書くにあたって文庫の解説を読んだ際、「興味を持った方はぜひ原書の表紙も見て。インパクトあります」とあったので、ぐぐってみたペーパーバックの装丁です。表紙がものすごいネタバレ。創元推理文庫はかなり配慮して装丁を変えたんだなあ。



青鉛筆の女(創元推理文庫)
著:ゴードン・マカルパイン 訳:古賀弥生


タイトルにある青鉛筆とは、米英では文章校正などを行う際、青鉛筆を用いるという慣習にちなんだもので、要は青鉛筆の女とは「女編集者」ということになります。
ある、取り壊しの決定したカリフォルニアの家から発見された、埃まみれの貴重品箱。なかには幾つかの書類や原稿が入っていました。
1つは1945年に刊行されたパルプスパイスリラー(ウィリアム・ソーン名義)。
1つはその編集者から著者に宛てた手紙の束。
1つは血と泥にまみれた原稿(タクミ・サトー名義)。
読者はこの3種類のテキストを交互に読んで行くことになります。

文箱に眠っていた複数のテキスト――書簡や手記、短編小説など――を重ねていくことで、その背後に起こっているできごとが徐々に明らかになっていくというスタイルの小説は、わたしには好物ですけれども、それ自体はあまりめずらしいものではありません。
実際、これも最初の数ページで、ああこれは第二次世界大戦中のアメリカで起こった、日系アメリカ人迫害の史実を下敷きに、サトータクミなる日系人作家が編集者の不当な口出しに対し辛い戦いを展開する話なんだなあと、だいたいの見当がつけられます。とくに、「血と泥に汚れた原稿」から。
とはいえ、この3つのテキスト群は、章ごとに
・作者が本来書きたかった小説を元に、後から作成されたもの(タイトルの代わりに「改訂版」と題されている)
・作者に対する編集者のアドバイス(という名の換骨奪胎)
・それによって最終的に発刊された小説(「オーキッドと秘密工作員」というスパイもの)
を逆に配置するという構成により、
「ああ、このアドバイスをあそこに活かしたのだな」というメタ的な読み方が楽しめる点が出色。
しかも「改訂版」は独立した一遍の小説である、「オーキッドと秘密工作員」を補完し、包み込むことでさらに別の小説となるよう書かれたもので、この凝った章立てにより、不条理小説、もしくはSFのような不思議な味わいがあり、ついつい先へ先へと読み進んでしまいます。

編集者というのは、やろうと思えばひどく残酷なことができるのだなあ、と、彼女のついた嘘も含め、小並感な感想を持つとともに、突如それまでの人生から、否世界から、はじき出された哀しみを、「改訂版」の主人公、サム・スミダを襲った不条理からひしひしと感じるのです。失われた日常、夢、愛。サトータクミがその経験からほんとうに描きたかった、純文学的世界。
それを、青い鉛筆の女は、薄っぺらいパルプフィクションに変えてしまいます。たぶんわざとでしょうが、ジャップの女スパイに<オーキッド>という中華風なコードネームをつけるあたり、いかにも西洋人が考えた東洋趣味という感じ。

第二次世界大戦下の日系人迫害は、
「敵国だから仕方ない、当然だ」というものではなく、アメリカ市民がアメリカ市民に行ったもの。その苛烈さには理屈の通らないものがありました。日系人同様敵国を出自とするイタリア系アメリカ人やドイツ系アメリカ人には見られなかったことでもあり、その背景に肌の色による差別があったことは、間違いありません。編集者の行為の背景にもそれがあったのか、それとも単に、
「この方が売れる」という思いだけだったのか、その動機はわかりませんが、後者であれば却って怖い話です。
ちなみに日系人ばかりで編成された隊は、激戦区にばかり投入されたと言われますが、サトー上等兵が血と泥にまみれた「改訂版」を脱稿し、やがて戦死した、イタリア・シエナもその1つです。かれらは汚名を雪がんと、戦場では獅子奮迅の働きを見せ、驚くべき軍功をあげ続けたそうです。

編集者が作家にひどいことをするミステリをこの間もう一つ読んだのですが、それはたぶん後日書くかも?
9/1追記。脱字があったので改めました。
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2017.08.31 00:52 | read or die 近視de乱視 | トラックバック(-) | コメント(-) |
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