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cast art / post406

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 ここからはとりとめなく入院&手術~退院までの話。まあただの日記です。

リハビリスタッフに肩を診てもらう

 翌水曜日。再度警察から電話があり、診断書はどうなったかとのこと。医師に頼む暇がなかったのでそのことを詫び、改めてナースに依頼して、でき次第連絡することにしました(結論から言うと診断書は退院までにできなかったので、後日郵送してもらうことになりました)。
 退屈しのぎに院内のコンビニまで松葉杖で移動してみたところ、便利な入院グッズがいっぱい揃っています。少し冷やかした後電池とカフェラテを買いました。
 他にもあちこち行ってみようと思っていたのですが、それだけでもう疲れてしまい、やめてしまいました。杖がわたしの身長に対してやや短いのか、脇に当てると上体が倒れてしまい、まっすぐ歩こうとすると杖が脇からすっぽぬけてしまいという調子だったのです。尤も、これはわたしが松葉杖の使い方をよく理解していなかったせいだと後でわかりました。

 夕方、手術日程が決まったと再度主治医が現れ、ベッドサイドで同意書や
「輸血のリスクについて説明を受けました」
「麻酔のリスクについて説明を受けました」
 等々、数枚の書類にサインを求められました。よく家族の手術についてサインをしたよ、という話を世間話に聞きますが、わたしの場合患者本人がぴんぴんしているので本人サインでよかったようです。ついでに手術する足もマークしないといけないんだ、決まりなのでと主治医はマジックの蓋を取りながら言い、わたしの片足の脛の部分にマジックで記号を書き入れていきました。
 この手術日程決定に加え、夕刻にはリハビリのスタッフが退院後の環境について聞きに来て、ようやく治療に向けて事態が動いている感じがしました。ここで松葉杖がもう少し長いといいと思う、と言ってみたところ、改めて正しい使い方を教えてもらいました。
 脇は少し明けて腕と胴で挟み込むように固定するといいようです。

 ただ、怪我は足の指なので、踵をついて歩くよう言われていたのですが、その踵部分までカバーできる履物をその時点でわたしが持っていなかったので、無理にサンダルの奥まで患部を突っ込まねばならず、無駄に痛い思いをしました。足先が大きく開いて、踵までカバーできる靴を買わなきゃなあ、と痛感。

 そんなことを考えていると、
「これで解決ですね! 他に何か?」と笑顔で聞かれたので、今回の事故とは関係ないかもしれないがと前置きし、右腕が上まであがらないことを相談してみました。
 実は事故の直後、痺れはないかなどと救急スタッフに聞かれた際、
「バンザイはできますか?」と2度ほど聞かれ、実際に手を上げてみせたりしたのですが、その時、右腕があがりにくいなと感じたのです。
「どちらかというと左肩のほうが固まっていますけどね(左は痛みもなく腕は自由に動く)? 右はどこも悪いと思えませんが」とリハビリスタッフが笑いながら右の肩関節に何度か力を加えると、筋肉痛のようなものは残るものの腕が自在に上がるようになりました! 人体はいろいろ不思議です。

 この日は、昨日まで自由に使えていた(iPhoneで)Twitterがつながらなくなったため、ほぼ終日、知人にメールしたり新しいパズル誌を手がけたり小説を読んだり。だらだらとだらしなく寝そべっていたのですが、そこへ突然親戚が御見舞にきてくれ、見栄っ張りのわたしとしてはかなりバツの悪い想いをしました。
 夜、夜勤の担当ナースが足を載せる枕を持ってきてくれ、横になったときも快適になりました。救急病棟ではもともと足を高くする専用のクッションのようなものがあったのですが、外科病棟にはなく、普通に頭用の枕を足の方に回していたら、この日のナースが
「もう1つ枕を持ってきますね」と言ってくれたのです。この時、
「手術中は指輪は外してもらうことになっていますが……」と言われ、思わず
「無理だと思います」と即答してしまいました。わたしの指輪は以前急病で指が倍近くむくんだまま、ずっとつけたままなのです。そのことはまた考えましょう、という話になりました。


Thin Golden Ring / Orin Zebest


指輪は外れない

 木曜日。この日まで足首の擦過傷(最初にタイヤが当たった場所で、擦り傷のほか、打ち身でアザができ、腫れ上がっている)にはつるつるした保護シートを貼ってありましたが、それが剥がれかけていたため再度消毒し、今度は一回り小さなものに替えてもらいました。どうやら治って新しい皮膚ができたところから剥がれてくるようです。昔は消毒の後ガーゼなどを当てられて、剥がす時は繊維がかさぶたなどに絡まってひどい思いをしましたが、このやり方だとかさぶた自体できません。
 さて、午前の清拭の後は、いよいよ着替えの洗濯にチャレンジ。前の日に下見していたコンビニへ再度出かけていき、洗剤類を購入しました。洗剤そのものはポーションパックがあったのですが柔軟剤は大きなボトルしかありません。まあ余れば家でも使えるしと1本購入しました。主にこの柔軟剤で重くなったレジ袋をぶらぶらさせつつ戻り(松葉杖に絡むので歩きにくかった)、着替えを持ってランドリールームへ向かいました。
 洗濯に要する時間はほぼ30分のようでした。ただ、柔軟剤は約15分後、改めて蓋を開けて投入することになっています。スイッチを入れた後病室に戻っても、これではゆっくりする間もないと思い(ランドリールームは病室からやや離れた場所に位置)、文庫本も持参していたので洗濯が終わるまでその場で待つことにしました。ただコインランドリー店のように待機用の椅子があるわけではなく、杖があるとは言え片足で30分立っているのはやや疲れました。洗濯終了後乾燥機に洗濯物を移し、こちらも最低30分要することがわかりましたが、乾燥機の方は途中操作の必要がないため、今度は一度病室に戻りました。

 待っている間、職場に再度連絡を入れ、手術の日程を報告。また前日に指示された労災用の書類も依頼しました。

 頃合いを見計らって再びランドリールームへ。ふわふわに乾いた洗濯物にかなりの満足感を憶えつつベッドに戻りました。ここで改めて自分のベッドを見渡せば、わずか数日とはいえ雑誌やクロスワードパズル誌、文庫本があちこちに積まれ、着替え終わったパジャマは椅子の上、上掛けと足乗せ用の枕が足元にぐちゃぐちゃとわだかまり、食べかけのお菓子の箱やパソコンなどがあちこちに置かれ……ずいぶん生活感に溢れてしまったなと感じました。昨日来てくれた親戚はさぞ呆れただろうと思いつつ若干の整理整頓。また、コンビニでは爪切りやクレンジング剤を含んだティッシュを買ってきていたのでそれらで身支度も整え、(清拭は薬剤を含んだお湯で行うので、顔などは拭けなかった)。生き返った心地になりました。

 この行為は正解で、この日は2組のお見舞いがありました。
 1人は職場の同僚です。驚いたよと言いつつ、仕事の状況や噂話などを話してくれました。
 もう1人は近所の人で、自分の骨折のときの話も交え、おしゃべり。自分も足の手術の経験があるが、手術中は音楽を聞かせてもらった、ただし音楽を聞きながらも足元でとんとんかんかん工事現場のような音が聞こえていたとか。
 さらに、来客ではないのですが部長回診ということで外科部トップの医者(だろうと思う)が大勢のスタッフを引き連れて狭い病室に現れました。わたしと同年輩の方なら「白い巨塔」というドラマで同様のシーンを見たことがお有りだろうと思います。前述の急病のとき別の病院に入院したことはあるのですが、その時は院長回診だったのにスタッフは4~5人だったなあとぼんやり比較してみたり。

 夕刻、再び主治医がやってきて、前日に説明し損なったことがあると、改めて
「術式の説明を受けました」書類にサインを求めて帰り、その後、手術室のスタッフが開始日時などの説明をしてくれました。この方は色々な質問にも快く答えてくれたので、前日に
「指輪を外さないといけない」と言われた話もしてみたところ、
「なぜ指輪を外すかというと、電気メスを使ったら金属に接している部分が火傷を負ってしまうんですね。明日の手術(ピンニング)ではメスは使わないし、もし途中でやっぱり電気メスを使おうというような変更があったら、指輪と指の間に非電動の素材を挿し込めばいいことなので。外れないものを無理に外す必要はないですよ」と明快に答えてくれました。
 手術当日は食事制限があることもこの時説明されました。麻酔時の嘔吐のせいで肺炎を起こす患者が多く、その予防のためとのこと。

 その後、夜になって、病棟のナースが師長と思しき年長のナースとともにやってきて、さあ指輪を取りましょうというので、手術室のスタッフは取らなくてもいいと言った、とつい口を挟むと、師長と思しき人は鼻白んだ様子で
「でも点滴もするし手がむくんだら困りますからね」と言われます。あっ、失敗したなと素直にお任せることにしましたが、やることといえば手全体に台所洗剤をつけて滑りを良くし、さらに糸を指輪の下に通し……しかし実は、そのくらいのことはわたしも何度か試したことがあるのです。無理なんじゃないかなと眺めていると、とうとう師長が
「この指輪は何年もつけておられるのですか? ならやめておきましょう」とギブアップし、戻って行かれました。

息をするのを忘れる

 いつも清拭は、毎日午前に行われる(温水に洗浄剤? を溶かしたバケツを病室まで届けてくれるので、自分でタオルを絞り、上体を拭きます)のですが、この日は拭き清めた後、新しいパジャマでなく手術衣に着換えるようにと言われました。これは前開きの着物のような裾の長めの服です。さらに、水分をとっていい制限時刻を過ぎるとすぐ、点滴をしますと男性のスタッフが来られました。
 この時、利き腕じゃないほうがいいからと初め左にお願いしたのですが、
「左ですね」と頷いたそのスタッフがわたしの右側に回ろうとするので慌てました。いやいやそちらは右ですよと言って左に針を刺してもらったのですが――なんとその後、2回トライして失敗。結局右腕に場所を替え、人を替えし、4度目の正直で成功しました。なかなか不安なスタートです。
 実はこの点滴開始の時点ではわたしはまだブラをしていて、途中から、
「あれ言われなかったけど指輪取れって言うくらいだからブラ(背中に金属フックがある)も取るべきかな?」と不安になり、いや点滴チューブにつながれてしまったし取れないじゃんどうしよう、と内心慌てていたのですが、手術までに一度、点滴の交換というチャンスがありました。
 空になった点滴バッグを外し、針だけの状態になったところで
「ちょっと待って下さいね」とスタッフの方が忘れ物を取りに病室を出られたため、今だ! と手早く肩紐を袖から抜いて外し、傍らのウエストポーチにとっさに突っ込んだり。

 時間よりかなり早めに家族が付き添いにきてくれました。予定通り手術が行われることになり、ストレッチャーに載せられエレベータへ。
 手術室は、これがまたかなり広い部屋でした。BGMっぽいピアノの音が微かに流れていたのですが、音が小さすぎというか部屋が広すぎて、曲が何かも判明しない感じ。隣の部屋のほうにレントゲン設備があったようなのですが、そのドアのあたりで主治医が誰かと打ち合わせしているのがずいぶん遠くに見えました。
 擦り傷の保護シートはとうとうこの時点で、情け容赦無く剥がされてしまいました。また、別の方は
「心電図取りますね」と手早く左胸に電極をつけていきます。胸までバスタオルで覆った下で女性のナースが作業されるのですが、この時まだブラをしていたらかなり恥ずかしい思いをしただろうなあと思いました。人知れず外すチャンスがあってよかったです。

 麻酔は腰椎麻酔。手術衣の裾をまくりあげて背中を露出し、手術する側を下にするようにして横になります。背中をアルコール消毒され、背骨を指で探られる感じがしますがなかなか注射にはなりません。緊張で動悸が激しくなるのがモニターの音でもわかってしまい、ああ信用してないようで申し訳ないなあと思ったり。やがて
「痛いですよー」と声がして、まず針を指す部分に対する麻酔注射が。その次に腰椎に打たれるのですが、最初の麻酔が効いたので腰椎注射の方はさほど痛みは感じませんでした。
「なにか変な感じはありますか?」と聞かれ、別に変な感じはないのでそう答えると、下の足先がぽかぽかする感じはありますか、と聞かれます。確かにそう感じるのでハイと言うと、それが麻酔の効いている状態であるようで、うんと頷く麻酔医。
 ではすぐ手術なのかというと、この後しばらくは、足やお腹に何かを押し当てられ、
「これはわかりますか」と何度か繰り返し聞かれました。
 もちろん触られているくらいはわかるので、
「わかります」と答えるのですが、実はアルコールか何か水分を含んだものを押し当てられていたようで、麻酔の効いてない側に当てられると液体がポタポタ落ちたり、ヒヤッとする感覚がします。最初に聞かれた部分のほうはそんな感覚が一切なかったので驚きました。
 この
「わかりますか?」
「わかります」
「冷たいですか?」
「いいえ」
 の問答を繰り返し、現在どこまで麻酔が効いているかを何度か確認され、お腹まで効いてきたところでようやく仰向けになるよう言われました。いよいよ手術開始です。

 わたしは外科手術はほとんど初めてなので何をされているのか詳しく見ようと思っていたのですが、顔の前に布がかけられて見えません。麻酔のせいで患部を高く上げられた感じがしていたのですがそんなことはなかったようです。何かぐいぐい押されている、くらいしかわからず。多分この時、ピンを押し込まれていたのでしょうね。
 ではせめて主治医はじめ周囲が何を話されているか聞こう、と思っていたのですが――それよりも麻酔がいつの間にか胸の方まで効いてきたようで、肺が意識しないとじゅうぶん動いてなく、いつの間にか頭がぼーっとなっていたようです。酸素レベルを測るモニターのキン、キン、という規則正しい甲高い音が、だんだん低くなり、間遠になり……やがて音がやみ。
「息して息して。寝てますか?」とその都度何度も大声で促され、それからは命じられるまま、一生懸命深呼吸していたので、周囲で何が起こっているかさっぱり把握できていません。
「手術終わりましたよ」と主治医が言った後も、ずっと手術室スタッフに「息して!」と言われ続け、酸素マスクをかけられたりでなかなか手術室を出ることができませんでした。

安静を厳命される

 さてこれで手術も終わり、何しろ主治医は
「もう翌日には帰っていいですよ! いつ退院にします?」と言ってくれていたので長い入院もこれで終わりだ! と解放感にひたっていたのですがそこからがまた面倒なことに。
 手術後の食事制限は事前に聞いていましたが、それ以外にも、その日はずっと安静にして頭も上げないように、トイレはベッドで寝たままで、夕食も寝たままで、と手術後に厳命されてしまったのです。
 これは医師の判断というより(主治医は「歩き回るのはNGだが座る姿勢も車椅子移動もOK」との判断)病棟の看護ルールのようだったのですが、入院していた間でこの時が一番の病人扱いだったと思います。
 心電図モニターも酸素モニターもつけっぱなし、点滴も引き続きという状態なので、もう勝手に起き上がってあれこれすることもできません。食事も寝そべったままではおにぎり程度しか食べられません。詳しくは言いたくありませんがこれが入院のなかで一番辛いことで、早く夜が明けてくれと何度も思いました。別に頭を上げたって具合が悪くなることはなかったし。

 翌土曜日。この日は退院ということで家族が迎えに来てくれる段取りになっていましたが、相変わらず清拭は行われるし、手術衣を脱いでパジャマを着るよう促されるし、
「心電図ちゃんとつけてください!」と怒られるし(清拭の係の人は、もう外していいですよとコードを外してくれた)、点滴も継続中。11時頃までそんな調子だったのでこちらも不安になり、
「先生が今日は退院していいとおっしゃったのですが大丈夫でしょうか」とお伺いを立てると、えっそうですか、じゃあ確認してきます、と言われます。
 やがて主治医が顔を出し、傷口を確認して
「もういつでもいいですよ! ご家族はいつ来られる?」とまたあっさりOK。でもこちらから言わなかったらなし崩しに退院が延びていたかも。
 この時心電図や酸素モニターも外しちゃいましょうね、と外され、たのに、先生が去った後また先程のナースが
「昼食はキャンセルできませんでしたのでそれまで食べていってください。それから心電図と酸素ちゃんとつけて」と叱ってきます。
 またモニターにつながれたら着替えも片付けもできません。あ、もう外れちゃいましたしと言って再度つけるのは勘弁してもらいましたが、点滴だけは抗生剤が入っているのでぎりぎりまでつけることになりました。どうもこのあたり、つながれたり外されたり、ちぐはぐだったなあと思います。
 ばたばたと荷物を片づけ、昼食を終え、着替えもして家族を待ち、改めて松葉杖の貸出の手続きをとって帰宅となりました。

 この後完治まではずっと通院が続くことになります。加害者が逮捕されるとか、医療費支払いの手続きとか、また何かネタがあったら日記も続くかもですが、轢かれた話はここで取りあえずおしまい。
 加害者逮捕されてほしいんだけどな? わたしは裁判見たことないのでできれば傍聴したい。でも、交通事故の場合は段取り変わってくるのでしょうか。
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2017.09.24 15:56 | diary 優雅に生きたいけどだめ | トラックバック(-) | コメント(-) |
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