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Slow poison, slow cure / Unhindered by Talent


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続きました。というか、まだ書くことがあるなんて我ながらびっくりです。
もうこの辺りは完璧な蛇足。

順調に治っていると思っていた

思っていたというか、実際そうなのですが、その後10/20にもう一度消毒のため通院した時には、主治医がいつもの
「いいですね!」の後、突然「もう今日ピン1本抜いちゃいましょう!」と言い出すくらいの回復程度だったのです。
その場でピンを引き抜くための器具を滅菌処理の袋から取り出し、えっ、麻酔はなしですかというこちらの動揺など気にもとめず、そのまましゅっと1本引き抜いて(思ったほど痛くはなかった)、
「また来週」とにっこりと。
なのでその直後、勤務先から
「復帰はどうする?」と聞かれたときも、ちょうどうちの職場で次の月度に入る11/12からがきりが良いと思い、そういう段取りにしてもらっていました。ところが……
家族の急病・入院

10/22、外出先から
「胸が痛い。早めに帰る」とメッセージをよこしてきた2号の帰宅を待って、この田舎で日曜の夜に診察してくれる病院を電話で探し、同行したところ、なんと「気胸」(佐藤健さんが「電王」撮影時にかかられたことで記憶してた病名)とのことで、そのまま入院になってしまいました。
初めの数日はドレナージュ(胸腔に管を刺し、肺の破れから漏れた空気を吸い出す)で様子見ということだったのですが2~3日経っても経過がはかばかしくなく、結局手術(悪い方の肺をしぼませて胸腔鏡手術で敗れた部分を切除&貼り合わせ、シートを貼って補強)を実施することに。全身麻酔になるため、どなたか付き添ってほしいという病院側。そして、それが可能な暇人は家ではわたしだけ。
この手術の実施日が、わたしの次の消毒日と同じ日程だったので外来の予約を変更してもらったのですが、その際のわたしの主治医の判断も、
「だいぶ治ってきているので、多少延期しても問題なし」というものでした。

しかし松葉杖を突き突き付き添った2号の手術、手術時間そのものは2時間弱とあっさりしたものだったのですが、麻酔が醒めてからの本人の痛がり方が尋常でなく、息をするのも痛いらしく。
少しでも楽な体勢をとるためにやれ起こしてほしい寝かせてほしい、トイレに行くのも一苦労で1人では絶対に無理だしベッド脇まで持っていった飲み物を手にとることもできない。発熱のためかしきりに飲み物を欲しがり、飲んだら当然のごとくトイレに行きたくなります。そんな2号の、ひっきりなしにあれとってこれとって、あれをしてこれをしてという要望に応じるため、まる2日間、泊まり込みで看病する羽目になりました。

暇だったし洗面セットは下のコンビニで買えるし、2号の病室はお高い個室(そこしかとれなかった)で豪華応接セットのソファーに貸布団を敷くこともできて、それは問題ないのですが、治りかけの足で退院までの24時間×2日半、座る間もなく動き回ったのがよくなかったのかなあと思います。
なんとか2号が退院し、帰宅して自分の足の包帯が解けかけていたのを巻き直していたとき、
「妙に包帯が短いな?」と思ったのを憶えていますが、今思えばこの時点で既に、足の甲の部分が腫れ始めていて、そのせいで包帯が巻きにくかったのではないかと。

そのうち、骨折直後ですらそんなに痛まなかった足の、甲の辺りがいつからともなくずきずきと疼くようになってきました。腫れもひどく、とうとう1号が
「治り切る前に無理して再骨折したんじゃないか、それくらい腫れている」と言い出すようになりました。そうはいっても当面は2号の通院付き添いを優先していたのですが、一向によくなる気配がなく、1号に脅されたのもあって、とうとう11/2の朝、病院に再度診察予約を早めることができないか、電話してみました。

緊急手術

整形外科の受付の方に状況を説明すると、
「今日主治医の先生がいらっしゃるので。今から来られます?」と言ってくれたため、二つ返事で出向きました。この時点で、足に残っているピンを抜くことになるのではという予測はあったのですが、前回1本麻酔もなしにするっと抜いた経緯があるので、そう大事にはならないだろう、と思っていました。
甘く見ていました。

ギプスカバーから出した足を一目見て
「あー」とため息をつくドクター。足の甲が熱を持っているのを確認し、ナースが包帯を解ききるか否かというタイミングで「手術しましょう!」
その場で同意書にサインし、またしても前回同様悪い方の足にマジックで印をつけられました。そこまではいいのですが、ナースへの指示が、
「感染症が疑われるので、ピンを抜いて中の状態がひどければ水で洗い流す処理をする、その後は抗生剤投与するため数日入院を」と……。
またしても何の用意もないまま入院することになってしまいました。先日2号の入退院手続きをした時の印鑑をまだ持ち歩いていたのは不幸中の幸い。

1、2号に取りあえずメッセージを入れ、職場にも直属上司と労災担当者にそれぞれ状況を報告。復帰が延びるかどうかはぎりぎりのところですが、少なくとも労災の支払額が増えます。
主治医はまだ外来の診察予定を残しているため、その間に車椅子に乗せられ、血液採取や胸部レントゲン、心電図などの検査室を回りました(患部である足のレントゲンは外来診察前に撮影済み)。やや熱が出ていて、血圧もわたしは普段高いほうが100前後なのに150超えていてびっくりしました。
その後、外来から入院病棟まで車椅子のまま乗り込める車に乗せられて移動し、病棟玄関口で外来のナースから病棟ナースにバトンタッチ。

ちなみに病棟ナースは、外来ナースに比べ、前回も救急病棟から通常の病棟へのお引っ越しの際、思いましたが、車椅子を押しながら患者の荷物も同時に運んでいくという技をお持ちでびっくりします。今回も、バトンタッチされるまではわたしが自分で松葉杖などを膝に抱えていたのですが、病棟ナースは片手でその松葉杖をひょいと抱え、もう片手だけで車椅子を押して行かれるので驚きつつ恐縮しました。

病室でとりあえず不織布製の手術着に着替え、点滴の用意をしているうちに、すぐ手術の時刻となりました。
車椅子で移動した手術室は、前回と異なりこじんまりとした部屋で、壁や調度が深い水色に塗ってあるため水族館のような雰囲気。
午前中の診察を終えたドクターが2人ほど入ってこられ、主治医がかれらに
「感染症の疑いがあるのでピンを抜きます」とさくっと説明しているのがはっきり聞こえます。わたしの寝ているベッドから、レントゲン写真が表示されているスクリーンまでの距離も近かったので、その背後から興味深く自分の患部写真を覗き込んだりしていました。前回は部屋が広すぎて話している内容も壁のスクリーンも何がなんだかわかりませんでしたので。

ちなみに、腰椎麻酔は前回も経験あるので慣れたもの、と思っていたら今回はめちゃくちゃ痛かった。しかも主治医に
「あれ痛いですか? じゃこっちはどうかな?」と何回も刺されました(´;ω;`)
普通の注射と同じで、する人によって上手い下手があるようです。前回の女性のドクターはお上手だったのだなあと泣きながら思いました。

それでも麻酔は効きはじめ、なんとか足の付根くらいまではアルコールを含んだ綿を押し当てられても冷たいも何もなく、
「なんか触ってるな」くらいの感覚しか得られないようになったところで手術開始。
前回の経験から一生懸命呼吸していましたし、顔の前に布もかけられていたので具体的な状況は把握できませんでしたが、説明より早めに終わったところを見ると中が化膿しているとかそういうことはなかったようです。ただ、足の指先の怪我なのにパジャマ型の手術着の下、片足分が、腿まで鋏で縦にまっすぐ割かれていまして、術後、移動前に手早くナースたちがテープで貼り合わせてくれましたがそのかっこうで翌朝まで過ごすのは辛かったです。

手術室を出たところで、1号2号に連絡がつかず、急遽付き添いのため駆けつけてくれていた近所の人に、主治医が
「こうこうこうで、こんなふうに手術しました。ごめんなさいあっはっは(たぶん前回の手術後の管理が悪かったという意味らしい)。でもどうせ抜くピンなので、ちょっと早まったということであっはっはっは」と例によってたいへん朗らかに説明されていて、別に悪化した責任が医者にあるとは思わないから態度と合わない謝罪のセリフはやめろと思ったり。
そのままストレッチャーで病室に移動し、夜まで絶食と言い渡され、前回の経験からわかっていたことながらがっかりしたり(診てもらった後、お昼は久々に都会で外食しようかと楽しみにしていた)。
病室に戻ってきたら隣のベッドの人が、これまた手術後だったらしくひどい苦しみっぷりで、その唸り声が丸聞こえだったので代わりにナースコールすべきかと気が気でなかったり。

ギプスカバーが好評

さて、この病院は、朝晩の交代時にナースの方が
「昼担当の○○です」などと挨拶されるのですが、手術後、夜担当として回ってこられた方が前回の入院時にお世話をかけてしまった方で、
「makiさんお久しぶりです」と挨拶されたのがばつが悪かったです。ただ前回、わたしが麻酔のあとも元気だったのを憶えてくれていたため、今回は杓子定規に絶対安静を強いられることもなく、トイレにも1人でいかせてもらえて、その点はありがたかったです。我ながら執着してると思いますがトイレとお風呂は可能な限り自由にさせてほしいのです。
ドクターの指示も、今回は酸素吸入や心電図モニターのような各種機器への接続がなかったので、ただベッドに転がるだけで済みました。

翌朝の明け方、もう一度採血し、再検査へ。この結果はかなり良好だったらしく、午後に消毒に来たドクター(主治医とは別)が
「炎症反応もなくきれいです。今まで抗生剤は点滴で入れていましたが明日からは飲み薬でいいですよ」と言われました。素人目にも熱感はともかく腫れはかなり引いていましたし、早めに手術できてよかったなと思ったり、結果がいいのなら早く退院させてと思ったり。まあ退院するほどよくはなかったのでしょうね、なぜかまだまだ血圧が高かったし。
そのためせっかくの高岩さんのお誕生日は病院でお祝いすることになってしまいました(祝日メニューでお赤飯だった)。家にいたって自分でご馳走食べるだけですけど気分が違います。
翌土曜日も退院という言葉は聞かれず、飲み薬に変わったから、と枕元へ持ってこられた抗生剤は、なんと1週間分ありました。月曜も火曜も予定が入っているのですが。12日から復帰ならそろそろ快気祝いの手配もしなきゃいけないのですが。
交代や食事などのたびに顔を出すナースには、
「へえ今こんな便利なのがあるんですね! 自分でみつけて買われたんですか?」という具合にベッドサイドのギプスカバーが好評なので自慢しつつ、もうすぐ入院3日めに突入しようとしています。
わたしはちゃんと復帰できるのでしょうか。

なお、この病院の支払い、前回まで

・まず本人(maki)が立て替え払い
・その領収書を添えて労災申請
・指定口座に払い戻し

という段取りでやると「その4-②」で書いていましたが、その後、会社の総務の人とこんな会話がありました。
「そういえば今回の件で病院と打ち合わせしていたら、『そもそもうちは労災指定病院ですから、最初から何も支払わないで労災ですって言ってくれたらこちらも払い戻しなんかしなくて済んだのに』って言われたよ」
「え、請求されたから立て替え払いしたので、労災ってことは最初から言ってましたよ?」
「そうなの? 何か変だねえ」
しかもその会話の後も普通に通院の都度、請求され続けています。
もう治療も終わりかけだしまあいいやと思っていたのですが、またこの入院費も立て替え払いしろと言われるのかなあ?
取りあえず病院内で意見を統一してほしいと願っています。
11/6追記。脱字があったので修正するついでにちょこちょこ書き足しました。主に2号の手術内容。この時、高額医療費は限度額認定をしてもらえば一定額以上の支払は不要になるので10月中に受けておくように、と病院に言われ、慌てて地元の健保協会に行ったのも初めての体験でした。
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2017.11.04 21:20 | diary 優雅に生きたいけどだめ | トラックバック(-) | コメント(-) |
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