LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

という事情で入院中退屈だし本も読み尽くしたし、アマゾンプライムで仮面ライダーでも観るか、と持ち込んだPCで作品を選んでいるときに目についたのが、公開時に心惹かれつつ前後編の長尺だったため予定がつかなかった本作。
宮部みゆきの原作は読まず、何の前情報もない状態で観ました。

映画としてはかなり満足しました。濃密な4時間を過ごすことができました。
役名=芸名でデビューした主演の藤野涼子はじめオーディションで選ばれた中学生たちがとにかくよかった。

十代の少年少女をテーマとした作品では、純粋であるがゆえに、悩み傷つく姿や、そのなかで尚、前を向いて生きていく、生き物としてのタフさ、のようなものが強調されがちですが、純粋だからこそ、大人のようにうまく糊塗するスキルを欠いた、むき出しの醜さ、卑小さが本作でははっきりと描き出されていて、自分にもあった、そういう不格好な時代の息苦しさをもろに思い出しました。
あの年頃って姿形も子どもから大人への過渡期ということで今ひとつアンバランスなんですよね。男の子はじゅうぶん背も伸び切らず、華奢な身体のまま中途半端な声変わりを経て、髭や体毛も濃くなっていく。黄色い羽毛から白い羽へと抜け替わる途中のひよこのようです。女の子はそれよりは早熟ですが、まだまだ太りやすく、肌トラブルも多い。自分の魅力をわかっていないのですらりとした体型の子がそれを恥じて猫背になっていたり、汗臭く埃臭いままへたな化粧をしたり。
あらすじ

1990年12月25日。バブル崩壊直前のその朝、校舎脇で半ば雪に埋もれた死体を、発見してしまう2人の中学生。雪の下から表れた顔は、長らく不登校だった級友・柏木のものでした。
ショックを受けつつも、不登校の少年の飛び降り自殺、というわかりやすいストーリーに納得しつつあった生徒たちは、年が明け、発送された3通の告発状によって混乱に叩き込まれます。
「あれは自殺ではない、殺人だ」と、犯人を名指しで訴えるその内容にマスコミも注目し、保護者説明会も一時は紛糾。事態はさらに、1人の少女の事故死へとつながっていくのです。
一体真実は何なのか。なぜ、どのようにして少年は死ぬことになったのか。かつて柏木の言葉に傷つけられたことのある主人公は、生徒が自分たちで事件を調べ、自分たちで真実を明らかにする、「校内裁判」の開廷を思い立ち――。

井上くんに萌えろ!

とくに前編は、青春映画として見ごたえがありました。
事件のイントロダクションは辻村深月か、といいたいくらい叙情的でしたが、そこからは一気呵成に、事件に関わる多数の少年少女たちの繊細な醜さや、対象的に、自分の見たいものだけを見て安穏と生きる大人たちのふてぶてしさとがくっきりと描き出されていきます。
そのなかで際立つ、主人公、藤野涼子の、凛とした佇まいの鮮烈さ。
作中、彼女の右目から一筋すいと涙が流れる、という描写が多用されていますが、この泣き方がほんとうに綺麗です。
「校内裁判」というインパクトのある設定も、今マンガなどではやっている不条理ものとは違い、本作では少年少女たちがただ己に誠実であろうとした結果、選択された模擬的なものに過ぎません。それすらも外聞が悪い、進学に響くと反対し妨害する大人たちのなかで、いかにして実現までこぎつけるのか、という流れはスリリングです。

そんな涼子が大切に思っている少年少女たちもそれぞれ魅力的。回想の中の松子の天真爛漫さも、早い段階から涼子の同志となる野田の礼儀正しさも、それぞれ愛されて育った子供らしい可愛らしさを感じさせますし、中学が分かれるまでは柏木と親しくしていたとして合流してくる他校の少年、神原の利発さや生真面目さは男涼子という感じで印象的です。事件のキーパーソンとなる樹里が出てくると画面が一気にホラー調になるし。
なかでもわたしの一押しは途中から口説かれて判事役を担うことになる井上。いつも撥ねているくせっ毛や、眼鏡クイッや、適度なプライドの高さや変なところで筋を通す性格が、マンガ的になる一歩手前で実にいい。涼子にさんざんおだてられた後、
神原「判事、今のは誘導尋問です」
井上「異議を認めます」
のちょっとはにかんだやりとりも良かった。萌えました。

ただミステリとしては、いろいろ食い足りない。
たとえば、かなり早い段階からあからさまな「偽証」が一つ出てきているのに(本作には様々な人による、様々な嘘が出てきます)、それが後編まで放置されてしまっていて、
「この人頭がいいはずなのになぜこの嘘を聞いて疑問に感じた描写がないの?」と思ったり。放置されているがゆえに、重要な伏線なんだろうなと予測がついたり。

事件において最も重要な存在であるはずの亡くなった少年・柏木やその家族の描写が薄く、後編へ興味を持たせるために前編では伏せているのかなと思ったら後編でもやっぱり薄く。
いや、わたしなら傍聴席で自分の子の死に様をあんな風に聞かされたらショックだろうな。裁判後「真犯人」に詰め寄ったり、逆に自分たちが悪かったと反省したり、何かそういうシーンがあるかと思えば、遺族は一瞬、驚いた表情を浮かべたところが映るだけ。
なぜ担任が病的なまでに死後もかれを恐れているのか、まるで繊細ヤクザのようなその言動はどういう考えから出ていたのか、不登校にはどのような経緯でなったのか、等は、全編通して見た後もまだ、わかりません。

原作はページ・ターナーとして名高い宮部作品なので、その点に抜かりはないと読んでもないのに信じていますが、映画は尺の制限があるために、こうなってしまったのかなあ。最後のさわやか3組とか、主人公が教師となって母校に戻ってくる描写とかを削ればもうちょっと謎が解ける際の爽快感が得られたんじゃないかと残念です(原作では教師となって伝説を物語るのは涼子ではないのですが、あの涼子が大人になって自分たちのしたことを自慢げに振り返るなんてピンとこなかったので、尺が余っていたとしても要らない改変だなと思いました)。

後味が悪い終わり方

後編も前編に比べると評価が低いのですが、法廷劇としての面白さや、子どもたちの模擬裁判という微笑ましさ、という点はなかなか魅力があり、特に冒頭、この裁判の目的は真実を明らかにすることでありここで何があっても現実で裁かれることはないと述べた判事の主旨一貫ぶりは素晴らしかった。せっかくの陪審員制度なのでそこを活かした展開があってもよかったけど。

また例えば、
「被告は粗暴な不良だが計画的に相手を呼び出して殺害するようなねちっこさはない」と証言する刑事に対して
「被告とは一定の信頼関係があったから、告発を受けてアリバイすら調べていないということか」
「現場となった屋上の鍵の問題は解決していない」などと突っ込む検事役の鋭さには、スポーツ観戦のときのような楽しさがありました。
弁護人役が、弁護する側でありながら
「はめられた」と主張する被告に、
「なぜはめられたのだと思いますか?」と、かれが日頃いじめていた少年少女たちの思いを代弁するのは変調ながら、その直前の証人の存在もあり、悪くない展開だと感じました。

余談ながら、弁護人役の提示した膨大かつ詳細ないじめの傍証について、被告が
「なぜてめえがそんなことを知っている!」と激高するのですが、わたしも同じ思いです。聞き込みの絵とか、いじめられた少年少女たちが傍聴席から恨みがましい目で被告を見ているとか、そういうのが差し込まれるかな、と思ったらそれはなかった。もしかしたら亡くなった少年・柏木から聞かされていたのかもしれませんが、いずれにしても弁護人はなぜか知っていて、この辺り映像的に裏切られた気分でした。

そしてとうとう登場する、「真犯人」の証言。
ネットの感想を見ると、ここで
「なんだそれ!?」と思ったというのが多いのですが、わたしはこの趣向は悪くないと思います。思いますが前述の通り、伏線があからさま過ぎて全然埋まっていなかった。そしてこの証言で描かれる亡くなった少年の人物像が、ただの嫌なやつになってしまっていた。しつこいですが少年がなぜ、どうしてこんな言動をとるに至ったかが知りたかった。
さらに、
「自分が犯人だ、裁いて、罰してほしい」と訴えるこの証言にさえ妙なツッコミどころが2点ほど残っていて、それを誰もツッコまない(どころか、直後なぜか不自然なくらいさわやかな友情エンディングに至る)のが却って、
「あれ、これももしかして偽証?」と湊かなえばりに後味の悪い勘ぐりをしてしまって消化不良です。 
同日追記。原作の評判はどうかとネットで検索していたら、母校に帰ってくるのは原作では涼子ではなく、弁護人助手を務めた野田健一だということがわかり、
「涼子じゃなかったんじゃん!」と思ったのでその点を追記しました。あと感想の中で固有名詞を使わなかったらわかりにくくなってしまったのでちょっと追加。
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2017.11.05 00:27 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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