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LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

――人生の。
実話を謳い文句にしている映画なので、何が起こってどうなるかはだいたいわかっている状態なのに、3人の少年の出会いとその交流、別れ、人生への夢と挫折、といった物語が突然始まるので、否応なしに観客は、彼らがパリ行きの急行に乗り込む前からその旅につきあうことになります。
クリント・イーストウッド監督の実話ものは「硫黄島からの手紙」あたりからかなと思うわけですが、戦闘そのものより兵士たちが、将官たちが、それぞれに硫黄島へ赴くまでの生活に長尺が割かれていまして、ああ同じような作り方なんだなと思います。

やがて青年となり、再会も兼ねてヨーロッパでの休暇旅行を計画する3人。美しい女性をナンパして風光明媚なイタリアを楽しむ2人と、文通相手の女性とともにドイツで祖父の思い出をたどる1人が、アムステルダムで刺激的な一夜を過ごし――。

「主よ、わたしをあなたの平和の道具にしてください」

できのいい子供とは言えなかったあの頃、母にもうたくさんと突き放されたようで寂しかったあの夜の祈りの言葉が、思いがけず現実になる。よかったね、と誇らしげな顔に声をかけたくもなり(全員レジオン・ドヌール受賞!)、しかしそんなふうに望みが叶うのは、この世の中が相変わらず辛く哀しい日々に満ち満ちている証拠でもあり、若いかれらには今後も失望や哀しみが訪れるのでしょうが、それでも幸あれと祈ってしまうラストでした。

余談ながらキリスト教系の学校に通う幼い彼らが、
「ここって公立じゃないからプロムもホームカミングもないじゃん。おれは彼女がほしい」とおませにぼやくシーンで、スパイダーマンを思い出しました。
当事者本人が事実を再現

当然ながら演技は素人です。説得力はあるでしょうけど世にある「本人による再現ドラマ」の温さを思わずにはいられなかったのですが、全然違いました。
違うものの、じゃあ玄人はだしに上手いかと言えばもちろんそんなことはない。
なぜそこでそんな表情をする? というシーンが多くて、言外の意味があるんじゃないかと裏読みしてしまったりするのですが、そこは当事者ならでは、おそらくは監督の意図と違うことを再現にあたって、てんでんばらばらに思っていたからこその演技になっているのではないかなと思います。
要するにまとまらない。
これはいったいどんな旅なのか、観客として先読みしようしようとしても、わからない。
でも終わってみたら、無駄なエピソードは全然ないのです。
「人にはこの世に生まれた意味がある。自分もその場所へ、その時へ、導かれたい」
旅先で戯れにつぶやいた、1人の言葉そのままに、すべてが結末へ収斂している。すなわち、そうならない不要なエピソードは、注意深く除かれている。膨大な量のエピソードを、取材という形で掘り起こしてきたからこその、この脚本。
特撮じゃないですが、尋常ではない撮り方です。内容も感動しますがこの撮り方は一見の価値あり。

2号にもこんなふうに、望みがかなう一瞬が訪れればいいな、と思ったり。
なお一般に「聖フランシスコの祈り」とされているあの祈祷文が、どこに由来するのかについて書かれたブログ(「更新から遠く離れて:聖フランシスコが書かなかった祈り」)を見つけたのでリンクを貼らせていただきました。誰が書いたにしても、素晴らしい言葉の力を感じる祈りです。
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2018.03.06 23:31 | dvd box 観たらめも | トラックバック(-) | コメント(-) |
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