LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

ヘレン・ミレンという方はわたしの憧れの女優なのですが、とてもうれしいニュースがタイムラインに流れてきました。確かにアカデミー賞には美術賞、録音賞などその作品を支えるそれぞれの技術部門にも賞が設けられているので、そこにスタント賞やアクションコーディネート賞があってもまったくおかしくない、どころか、厳しい修練の末、あのような高度な演技を実現しているのですから、それを評価し、優れたものを顕彰する場というのは、絶対に必要だと思われるのです。

このブログの初期の頃、しつこく「スーツアクター呼称問題」について書いていましたが、あの時色々な方に話を伺いながら感じていたことは、
・日本でも(たぶん海外でも)現場の方は確固としたプライド、信念を持たれている
・同時に、外部からの評価とのギャップも感じていらっしゃる
ということでした。

わたしはヒーローの物語が好きですし、かっこいいヒーローの活躍にはいつもわくわくしてしまいますが、映像作品においてダイレクトにそれを感じさせてくれる最大の要素は、アクションです。その目覚ましい、ダイナミックな動きに驚き、繊細な所作に魅せられ、演じられている<ヒーロー>に惹きつけられてしまうのは、素晴らしいダンスや、直近ですと、羽生選手の演技に感動してしまった時と変わりありません。ただすごい、美しいと賛嘆するのみです。
顕彰する場がない

しかもそのような優れた演技は、時に命がけの行為でもある(もちろん安全対策は万全と信じていますが)。
にも関わらず、アクションの大部分を担うスタントマンは裏方扱いされることが多くて、ファンとしてはそれが不満なことも多いのです。
「あれは誰?」と思っても、それを知る手がかりがあまりにも少なすぎる。それはアカデミー賞のような、顕彰の場がそもそもないからということも、あるのではと。

ファンの声がダイレクトに現場に届かないのは、ファンにとって悲しいことです。
外部の評価が聞かれなければ、スタントマンたちが耳にするのは同じ業界人の言葉のみ。それが、どうやら良いものばかりではないらしいと、あちこちから聞こえてくるからです。先日、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のゾーイ・サルダナが、
「マーベル映画は、ハリウッドでは『金を稼ぐために大衆に媚びた作品』という扱いを受ける。当然それに出演する我々もだ」というような意味のコメントをあるインタビューでされていました。日本だと古くから「仮面ライダー」などが「ジャリ番」とバカにされた、みたいな話はよく聞かれるので、作品そのもののでき以前に、まずジャンルで批判してくる人が業界には多いんだなあということが伺えます。
特撮ヒーローものでのスタント(特撮クラスタの言うスーツアクター)は決して軽んじられるべき仕事ではないのに。

また、スター俳優がノースタントを売りにするようなアクション巨編なんかだと、スタントマン(テスト演技やアクション補助など、仮に「ノースタント」が真実で俳優自身がすべて自分だけで演じきったとしても、現場にいないはずがない)はさらに裏方扱いとなってしまいそうです。

どうかミレン様の援軍を得て、アカデミー賞にスタント部門ができ、現場にファンの賛辞がダイレクトに届き、ゾーイが言うように
「スーパーヒーロー映画こそ世界中の子どもたちに夢と希望を与える映画」の心意気で素晴らしいアクション作品がもっともっと製作されますように。そして日本アカデミー賞がそれに倣いますように。ハッシュタグつけた運動は基本的に好みませんけど、そのための署名とかあったらいいな。
ジャパンアクションアワードで、このところヒーローもの、及びそのスーツアクターの受賞が一気に減ったように、かりにアカデミー賞スタント部門が実現したとしても大作メインでヒーローものまでカバーされないのではという気もしないでもないですが、取り敢えずもし実現したら貴重な第一歩だなと思うわけです。なんといっても、人生最初に目にするアクションものは、大方の人の場合、ヒーローものであるはずなので。
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2018.04.25 13:00 | heroes | トラックバック(-) | コメント(-) |
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