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LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

「仮面ライダー」が元来「さらわれて人外の者に改造された主人公が、悪の組織の手から逃れ、彼らの悪事を阻もうと反逆する」という孤独な物語であるため、「龍騎」のファムまで長らく女性ライダー自体登場しなかった上、未だ主役となってないのに対し、「ゴレンジャー」をはじめとする戦隊物は当初から女性隊員も他の男性隊員と同じコスチューム(スカートついてるのは制作上の都合)を身にまとい、最前線で戦う上、ときにはタイムレンジャーのユウリやカクレンジャーの鶴姫のごとくリーダーとして皆を率い、ときにはボウケンジャーのさくら姐さんやシンケンジャーの茉子のように参謀としてチーム全体をコントロールし、あるいはアバレンジャーのらんるのようにメカニックとして様々な武器を開発し……と多種多様の活躍をしてきました。

もちろん昭和の頃は、それでもまだ名誉男性的な位置づけであったのかもしれませんが、平成作品を見る限りまず女性隊員自体も後方支援要員も人数が増えて“紅一点”ですらなくなり、「色」の割当もピンクに固定されていた時代に比べるとホワイト、ブルー、イエロー、グリーンといった中性的なものが増え、キャラクターもがさつであったり喧嘩っ早かったり、理知的であったり高圧的であったり、バラエティに富んでいて、「女性はかくあるべし」といったステレオタイプからは程遠いものになっています。ときには各戦隊の女性隊員だけでチームを編成し共闘する作品もあり、これがまた非常に楽しく。
……こうしてみるとかなり早期からジェンダー(レス)対応がなされているコンテンツだなあと思う次第です。
なんでまた「こうしてみる」ようなことをしたかというと、またしても特撮をもってジェンダーを語ろうとするブログが話題になっていたからで、曰く「そろそろ女性レッド(主人公)ものがあってもよいのでは」というわけなのですが。
で、ジェンダー論は詳しくないのでわたしはあくまでかつて「特撮好きの女児」だった者の視点でしかものが言えないのですが、特撮好きの女児にとって女性レッドが必要かといわれると、とても疑問なのです。

特撮番組に女性が出ていない、女性が主役でない、ということを指摘する人は、おそらく
「それを観る女児は女性キャラクターにロールモデルを見出すに違いない」と仮定していらっしゃるように思うのですが、かつて女児だったわたし自身は、その年代では男の子たちといっしょにマントを身に着け、剣を握り、高いところから飛び降り……という遊びをしていたことばかり思い出されます。高価な玩具から賑やかな変身効果音が出るのをうっとり聞いたり、独りで自転車をバイクに見立て、ものすごいスピードで疾走するのも、今書くとばかばかしいのですが、実に楽しかった。
「特撮ヒーロー番組は第一に血湧き肉躍る冒険を擬似体験するために観るもの」であり、自分をそのまま主人公に重ね、同一視していた時代です。
で、ジェンダーなどそもそも頭にない、純粋にそういう「血湧き肉躍る冒険」を求める子供からすると、残念ながら背も低く華奢な女性キャラクターは、主人公として今ひとつ魅力に欠ける存在ということになります。主人公には子供から見た強くかっこいい大人の象徴として、圧倒的な膂力と長い脚、広い背中を持ち、雷鳴のような声を発する存在であってほしかったからです。
もちろんそのなかで
「女性の役割はこう(お姫様・救護係・サポート要員・お母さん……etc.)でしょ」と決めつける描写があればそれには不快感を持ったかもしれませんが(それを観た男児たちによって戦いから除外されたりするから)、記憶にないということは、戦隊物にはそこまでひどいジェンダー描写はなかったのではと思う次第です。ライダーにはよく敵方に捕まっちゃうヒロインがいて、微かに不快だった記憶があります。

戦隊物ではありませんが、これまでネットなどで、「仮面ライダーのおもちゃを買ってもらえない女児」や、「スーパーヒーローのおもちゃが男の子向けと表示されていることに疑問を呈する女児」を見かけては、
「ああかつてのわたしと同じ感覚の子がいるな、特撮について女だ男だ言うこと自体がジェンダーにこだわりすぎだよな」と思ってきました。

同じ女性だからと女性キャラクターに共感を寄せるようになるのは、もう少し年をとってからの話で、わたしも「戦う女性」や「女主人公」を好むようになるのは、学齢に達して以降だったんじゃないかと思います。女性として、社会的肉体的なハンデをいかに克服して戦うかという点に面白みを見出せるものや、もしくは女性という枠にとらわれず、常人より遥かに優れた身体能力をもって力で悪漢を叩き潰す豪快なものを。
残念ながらわたしが子供の頃は「魔法少女」シリーズなどの可愛らしさを前面に押し出したものしかなかったため、自然と特撮ヒーローやアニメを卒業し、大人向けの映画やドラマ(特に海外のアクションものやSF)に傾倒していったのですが、そうなったのは戦隊物のターゲット年齢を過ぎた後のことなのです。

ちなみに王子様として生きることを目指す「ウテナ」や拳で語り合うバディものとして「ふたりはプリキュア!」が登場したときには
「わたしも小学生の頃、こういうのを観たかった」と感銘を受けましたが、肝心の就学前の女児の好み(もしくは幼い女児にアニメを観せたいと思う親の好み)に合っていなかったのか、「プリキュア」はシリーズ化のなかで徐々に身体的なアクション描写はなくなっていき、決戦時の衣装も髪型も女性らしい(そして活動的だった初代ブラック&ホワイトに比べると非常にゴージャスな)ものへと変わっていきました。
「男の子だってお姫様になっていいんだよ(=女の子がヒーローになってそれを助けてもいいんだよ)」という主人公の発言が新しいと先週話題になりましたが、全体的なトーンは、15年の間に「プリキュア」以前に存在していたステレオタイプへ、回帰しているような印象があります。
元々「血湧き肉躍る冒険」を「女性主人公」に見出したい女児、もしくは女児にそういう作品を観せることを許容する親の、絶対数が少ないのかもしれません。

ということで、戦隊物のターゲット層のうち、男児は「男性レッドにしか共感しない」、女児は「男性がレッドでも共感する」となれば、わざわざ制作側が女性レッドをもってくる必要はあるのかな……? と思うわけです。
誰かこのあたり、統計とかとっていないんでしょうか。
同日追記。かくのごとくかっこいい女性マーベルヒーローですが、自分単独の作品はともかく、アベンジャーズのようにヒーロー全員集合的な作品になると、やはりその中心、レッドに相当する象徴的存在になるのは今の所アイアンマンやキャプテン・アメリカのような男性ヒーローとなっています。別の会社で、ジャスティス・リーグを立ち上げるワンダーウーマンも、あのように人智を超えた力の持ち主でありながらリーダーはスーパーマン、スーパーマン亡き後はせいぜいバットマンと同格という感じで、お話の中ではバットマンに
「君がリーダーだ」と言われても、物語全体を象徴する主人公=レッドとは成り得ていません。戦隊に例えればユウリか、姫レッドレベル。
要は女性ヒーローは今や添え物でも紅一点でもなく、他の男性と同格に戦うわけですが、まだ主人公とはなっていない、という事情に、あまり国による差はないなあと感じます。
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2018.06.14 02:52 | diary 優雅に生きたいけどだめ | トラックバック(-) | コメント(-) |
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