FC2ブログ

LOVE! HEROES!

特撮番組全般、そして高岩成二さんと伊藤慎さんを応援します。

……みたいなヒーローショー集客のTweet(少しちゃかしてます)を先日見かけ、また今日もGロッソ関係者Tweetを、その問題Tweetだけでなく
「この人はどういう人なんだろう? どういうつもりであんなTweetをしたんだろう?」と思いつつ遡って過去のぶんまで読んでみたりするうちにやはり、
「TVに出演する演者と、ヒーローショーを見に行った。彼女は、ステージ上に立つ変身後のキャラクターと、自分が演じる変身前のキャラクターが同時に子供たちの目に触れてはいけないとの配慮から入念に変装してきていた。こういう場合本物のヒーローはどっちなんだろう(超意訳)」的なTweetも見かけて、なんとなく<本物のヒーロー>、という言葉が頭に残りました。

まあわたしにとって<本物のヒーロー>とは誰? と尋ねられれば高岩さんと即答してしまうわけですが、以前まじめに考えて、このブログにも書いたような気がしています。
<本物のヒーロー>とは即ちその物語世界におけるヒーローであり、「ジオウ」であればソウゴ=仮面ライダージオウというキャラクターであり、ヒーローショーにおいてはその時、その衣装を着て、舞台に立っている人のことだと。子供たちの夢の世界を守ってくれる人がヒーローだと。

地方のヒーロ-ショーなどでは、
「本物(TVに出ているスーツアクター)とは違うよ」
「本物(TVに出ているキャスト)は来てないよ」
 などという言い方をする人がいます。聞こえてくる声が俳優のそれではないときも、
「声、本物(TVに出てくるキャスト or 声優)じゃないじゃん」と。

しかし子供たちは本物だと信じ、本物の恐怖に耐えながらヒーローに声援を送るのです。したがって演者もみな、自分が本物だと信じて演じるべきで、大多数の人はそのように必死に努力しています。
まあ演者の力不足で、あからさまに下手である、かっこ悪い、無様な言動をとる……という時にはニセモノの謗りを受けても仕方ないのですけど、少なくともそのように子供の夢を破ることのないようどうすればよいかと、全国のヒーローショー関係者は日々心をくだいているわけです。

……と信じてきましたが、冒頭にあげたような言葉がショー関係者から出てくるんだな、といろいろカルチャーショックを受ける今日この頃。
ショーにおいての、という前提を外すならば、<本物のヒーロー>とは、人の痛みに気づき、光を与える存在だと思います。

Gロッソの件で中立の立場から発された思いやり深い発言が印象的だったので、先日結婚を発表された岩田栄慶氏のTweetも少し遡って読んでいたのですが、そこでは、ご自身が出演した動画(ショートドキュメンタリー)が紹介されていました。



映像は岩田さんの肉体美や殺陣の魅力を映し出しています。光の巨人をイメージさせるボディペイントも新鮮で、うわかっこいい! と何も考えずに観始めたのですが、それを背景に語られる言葉を聞くうちに、だんだん襟を正したくなりました。

簡単に意訳すると、この仕事においては、正義の名のもとに華々しく強くかっこいいアクションを見せねばならない。が、それはただかっこよければいいのではなく、
「話し合いで解決したかったがやむを得ず暴力を振るわざるを得ない、だから倒す」という点を物語の中でしっかり示さねばならない」と。

それを表現するためには(敵への、周囲への、人という存在への)尊崇の念と畏敬の念をきちんと踏まえねばならないと。

やむを得ないこととは言え敵に暴力を振るわざるを得ない自分という存在の本質は闇だ、しかしその闇を我がものとして人々の代わりに呑みこむことで、光を与え、
「それでも前へ進みたい」と同じく闇の中で苦しむ人の支えになることができれば……と。

後進の指導にも携わっていらっしゃる方だけに説明も簡潔にして深い。そして語りが熱い。

わたしの勝手な解釈ですが、戦うことが罪ならおれが背負ってやる、という乾巧のヒロイズムにも通底するような気がしてぐっと来ました。ま、そんだけの話やねんけどな。
関連記事

style="clap"














管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://maki555.blog88.fc2.com/tb.php/2499-12aaeb8c

| ホーム |